亮平 56
3人でお節料理を食べた後、あまり体調の優れない鈴音を残して俺と忍の2人で近所の神社へ初詣へ行く事になった。
「鈴音ちゃん。1人になるけど大丈夫?」
忍がまだ少し青い顔をしている鈴音に尋ねた。
「うん、大丈夫だよ。行ってらっしゃい」
本当に大丈夫なのか?今にも倒れそうなひょろひょろとした体形のくせに…。心配になった俺は鈴音に声を掛けた。
「鈴音、マンションに帰るまでに体調治しておけよ?」
「分ってるってば。大丈夫だから、ほら。早く行ったら」
まるで追い出すようなそぶりの鈴音が少し腹立たしく感じたが…今日はめでたい正月なんだ。俺は言いたい台詞を飲みこんだ。
「ああ」
「じゃあね。鈴音ちゃん」
そして俺と忍は玄関で手を振る鈴音に見送られながら家を出た。
****
「亮平君、本当は鈴音ちゃんと初詣に行きたかったんじゃないの?」
歩き始めるとすぐに忍が声を掛けて来た。
「な、何言ってるんですか。そんな事…」
「隠さなくてもいいわよ。亮平君が鈴音ちゃんの事好きなのは知ってるから」
「!」
俺は何とも言えなくなってしまった。
「鈴音ちゃんは美人だし、気立てもいいからね~。男の人なら誰でも鈴音ちゃんを好きになってしまうのも分るわ。でも鈴音ちゃんは亮平君の気持ちに気付いているのかしら?」
「いえ…気付いていないですよ。それに…多分鈴音は未だに元彼の事を忘れられないでいますから…」
昨夜…川口と俺を勘違いして、情熱的に俺のキスに応じてくれた鈴音…。何て馬鹿な事をしてしまったのだと、激しく後悔していた。自分が酷く惨めで情けない男に思えて来る。
「亮平君は…鈴音ちゃんと元恋人とのヨリを戻そうとしていたけど…今も同じ考えを持っているの?」
その質問に俺は何と答えれば良いか答が見つからなかった。今となっては自分で自分の気持ちが良く分からない。鈴音は川口の事を忘れられないでいる。そして川口も鈴音の事を今も愛している。だが…あの気の強い婚約者が川口を離そうとしない。
「そう言えば…川口の奴…今、どうしているんだろう…」
俺はポツリと呟いた―。
****
2人で近所の神社から帰ると、鈴音がランチにとフレンチトーストを用意してくれていた。フレンチトーストなんてランチに食べるものでは無かった。俺の中ではあの料理はランチにあらず、スイーツだ。しか、鈴音が折角作ってれたのだからありがたく頂いたが…やっぱりあれはスイーツだった…。
夜8時―
焼き肉料理を食べた俺はすっかり満足していた。食後に鈴音と軽口を叩き合う…この時間が俺は幸せだった。
「鈴音ちゃん。あまり焼き肉食べていなかったでしょう?デザートに鈴音ちゃんの大好きなラムレーズンのアイスクリーム買ってあるけど食べる?」
忍が鈴音の前にアイスとスプーンを置いた。
「う~ん…食べたい気持ちもあるけど、まだお腹きついからな…」
それを聞いた俺の中で、ある悪戯心が生まれた。
「あら、そうなの?それじゃ…」
忍がアイスを引っ込めようとしたとき…。
「なら、俺が食ってやるよ」
ひょいと取り上げて、蓋を開けた。
「ちょ、ちょっと!私、まだ食べないとは言ってないけど?」
慌てる鈴音に俺はスプーンでアイスをすくいながら言った。
「でもお腹きついんだろ」
「ちょ、ちょっと…!」
鈴音が口を開けたとき…。
「ムグッ!」
すくったアイスをすかさず鈴音の口につっこんでやる。途端に鈴音が目を丸くする。
「どうだ?美味いか?」
「うん、美味しいっ…て言うか何でこんな事するのっ?!」
「別に美味かったならいいじゃないか」
抗議する鈴音の言葉に耳を貸さず、俺は鈴音のスプーンでアイスをすくって自分の口に入れる。それを見ていた鈴音の驚いた顔といったら無かった。鈴音の奴…ひょっとして間接キス位で驚いているんじゃないのか?だけど、知らないだろう?俺とお前は…もう何回もキスしているって事実を…。
「あ~ほんと、美味いなぁ…」
酷い罪悪感を感じながら、俺は残りのアイスを全て食べ終えた―。
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