亮平 51

 川口の奴め…鈴音を妊娠させておいて…あんな女に引っかかりやがって…!

怒りで顔が赤くなりそうになった時―。


「な、何でそうなるのよっ!だったらお酒なんか飲むはずないでしょう?!」


鈴音が大きな声で反論してきた。


「そ、そうか…な、なら良かった…。もし事実なら川口のことどんな手段使ってでも探し出して5、6発ぶん殴っているところだった。それじゃ券売機行ってくるから座って待ってろ」


俺は嘘の言葉を交えながら、ガタンと席を立った―。



****


何杯目かのアルコールを重ね、次の飲み物を買いに行く為に俺は席を立った。




「うん?何だ…電話中か?」


アルコールを持ってテーブルに戻ってみると、鈴音はスマホで電話中だった。俺は無言でアルコールを置くと、鈴音が顔を上げた。


「あ、ありがとう。」


「何、電話中だったか」


何故か居心地悪そうな鈴音に俺は言った。


「別に俺の事は気にせずに電話してろよ」


「でも…」


「ああ。構わないさ。もしかして俺の前で話せない相手なのか?」


「うう…そ、それは…」


鈴音は観念して電話に出ることにしたようだ。…もしかして電話の相手は男なのか…?アルコールを飲みながら鈴音の様子を伺っていると、スマホ越しから大きな声が聞こえてきた。


『え?加藤さん。亮平って…ひょっとして幼馴染のっ?!』


その声は聞き覚えがある。


「ん?その声…男か?」


「あ、う・ん…そうだよ…」


「鈴音!お前…またかよ。誰だ?貸せ!」


頭にカッと血が上るのを感じた。何故だっ?!鈴音…何故お前の周りには男どもがまとわりついているんだよっ!


「もしもし」


ぶっきらぼうに電話に出るとスマホから声が聞こえてきた。


『お前…また加藤さんと一緒にいるのかよ?』


井上は嫉妬混じりの声で俺に何やら文句を言ってくる。新年会の連絡をしていただけなのに、何故勝手に電話に出るのだと。それが何だ?どうしたっていうんだよ。


「全くお前たちの職場一体どうなってるんだよ。太田って男も鈴音に告白して来るし…!」


怒鳴りつけるように言うと、突然井上の雰囲気が変わった。


『え…?何だって…?太田先輩が加藤さんに…こ、告白…?そ、そんな…!』


「ああ、本当の話だ」


だから何だよ、ショックを受けているのはむしろお前の方より俺なんだぞ?俺は更に井上に文句を言おうとした瞬間―。


「ちょっと!返してよ!私のスマホッ!」


眉を釣り上げた鈴音がスマホを奪い返してきた。


「ば、馬鹿!まだ話し中…!」


しかし、鈴音は抗議してきた。


「いい加減にしてよ!この電話は私のなんだから!」


「…」


そう言われてしまえば引き下がるを得なかった。鈴音は少し会話しただけで電話を切ってしまった。今、ここで話せよと言っても聞く耳を持たずに。その後、俺と鈴音は少しだけ口論になってしまった。

それにしても鈴音がここまで鈍い女だとは思わなかった。あれほどあからさまに好意を向けてくる井上の気持ちに何一つ気付いていないのだから。それが尚更俺を苛立たせる。俺は川口と鈴音の仲を取り持と奔走しているに関わらず、鈴音が無自覚だから男が次から次へとまとわりついてくるんだ。


「ただの同期‥‥本気でそんな事考えているなら、つくづく罪な奴だよ、お前は」


苛立ち紛れに言うと、鈴音が俺を睨みつけてきた。


「ちょっと、いくら何でもそんな言い方酷いんじゃないの?」


そして鈴音は目の前のチューハイに絞ったグレープフルーツを注ぎ、マドラーで混ぜるとまるで煽るように一気飲みしてしまった―。



****


 その後の鈴音は散々なものだった。椅子に沈み込むように座りながら、俺に対する訳が分からない不満をぶつけてくる。しまいに椅子から崩れ落ちてしまった。


「あーもう!この酔っ払いめ…もう帰ろう。立てるか?」


「う、うん…」


鈴音の隣に座り、声を掛けた。


「鈴音…どうするんだよ。こんなに酔っぱらって…捨てていくぞ?」


ため息を突きながら言うと、鈴音がとんでもない事を言ってきた。


「はい、どうぞ…捨てて下さい」


「は?」


何言ってるんだ?


「こんな…酔っ払い女…どうぞ捨てて帰ってよ…グスッ‥どうせ…どうせ私はいつも捨てられるんだから…」


鈴音…ひょっとすると、川口の事を言っているのか?


「お、おい。落ち着け。今のはほんの冗談だから。俺がお前を捨てるはずないだろう?」


そうだよ。鈴音…むしろ捨てられるのは俺の方なのだから…。すると鈴音は赤い顔に潤んだ瞳で俺を見つめると言った。


「嘘!お付き合いしてきた人達…みーんな私を捨てていったもの。どうせ…どうせ‥亮平も…他の人達みたいに私を捨てていくんでしょう?」


ついに鈴音が自分の身体を支えきれなくなった。


「鈴音っ!」


慌てて抱きとめると、鈴音が俺の胸に顔を埋めながら言った。


「お願い…捨てないで…」


「安心しろ、俺は…お前を捨てたりしないから…。俺は‥お前の事が…」


そこから先は言わない。


その代わり、俺は鈴音を強く胸に抱きしめた―。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る