亮平 40

 その日から…俺の嘘の生活が始まった。鈴音に嘘をつき続ける事は正直罪悪感でたまらなく辛い。だが、悟られてはいけない。俺が川口と定期的に連絡を取り合っていることを…今の状況を打破する為に俺と川口が協力し合っていると言う事を鈴音にだけは絶対に知られるわけにはいかい。

問題はそこだけではない。俺が一番気を付けなければならなかった事…それは鈴音が川口の事を完全に諦め、別の男と恋愛を始める。それだけは何としても回避させなければならない。その為には時折川口の事を鈴音に思い出させなければ…


俺はそう、決意した―。



****



 それは川口と会ってから数日が経過したある朝の出来事だった。朝の出勤前、食後のコーヒーを飲みながらネットのニュースを見ていた時、ある一つのニュースが飛び込んできた。


「!」


俺はそのニュースを見て愕然とした。川口と婚約者の事がスクープとして取り上げられていたからだ。…マスコミに発表したって言うのか?このニュースはテレビや新聞では報道されていなかったが、ゴシップネタ満載のネットニュースでは大々的に取り上げられ、川口の顔写真も相手の常盤商事の社長令嬢もばっちり映し出されている。


「…何やってるんだよ。川口の奴…これじゃ鈴音にばれるじゃないか…」


いや、でも川口は鈴音にメッセージを残したと言っていた。…と言う事は、ひょっとすると鈴音はもう気付いているかもしれない。

最近俺は川口の会社の経営状況を調べる事と仕事の両立で忙しく、鈴音に連絡を入れる暇も無かったのだ。そして鈴音からも一切音沙汰が無い。


「今夜…鈴音に連絡を入れるか…」


俺は残りのコーヒーを飲み干すと、席を立った―。



****


 23時―


「この時間なら流石に電話に出れるだろう」


自室で俺はベッドの上に座り、鈴音の電話番号をタップした。


何回目かのコール音の後…。


『もしもし…』


電話越しから鈴音の弱々しい声が聞こえて来た。鈴音…っ!その声を聞いただけで胸の奥が熱くなった。


『鈴音!お前からの連絡ずっと待っていたのに…どうして電話もメールもしてこなかったんだよ!』


俺は自分の気持ちを押し殺し、いつもと変わらない口調で鈴音に言う。


『うん…色々あって…連絡どころじゃなくて…ごめんね。心配したかな?』


「心配…?したに決まってるだろうっ?!それで?あれから川口の事何か分かったのか?」


ここで川口の事を何か聞かなければ怪しまれるだろう。俺は自分の方からわざと川口の事を持ちだした。


『ねえ、亮平は今何処にいるの?自分の部屋?』


『ああ、勿論そうだ』


え?いきなり鈴音は何を言いだすんだ?


『それならな、PCで川口家電て会社調べてみてくれる?』


川口家電…!やっぱり鈴音はもう知っていたのか。そこで俺は返事をし、言われるままに川口家電の…すでに何度も目を通し、すっかり見慣れてしまったHPを表示させて、鈴音に言われるままに川口家電関連のニュースも目を通した。

俺は演技などでは無く本気で川口に憤り、あいつの不満を口にしたがそれでも鈴音は川口の肩を持つ。それが気に入らなかった。

そして、俺は鈴音の口から恐ろしい事実を聞く羽目になる。


『…直人さんの結婚相手の女性が仕事が終わって帰る途中に待ち伏せしていたんだよ。それでカフェに連れて行かれて…な、直人さんの部屋の合鍵を返せって…100万円渡してきて…。手切れ金だって…』


鈴音は電話越しで泣いていた。な、何だって…?川口の婚約者が鈴音に会いに来ただって…?俺は自分の耳を疑った。


「鈴音…!お、お前…そんな辛い目に…今夜遭っていたのかよ…」


川口の婚約者への激しい憎しみと、鈴音に対する憐みがいりまじり、頭がおかしくなりそうだった。そして新たに湧き上がる川口への怒り。

畜生、川口の奴…!もとはと言えばあいつが自分の父親の会社の事をもっと気遣っていれば、赤字経営で倒産の危機を免れていたんじゃないのか?いや、そもそも鈴音と出会う事も無く…鈴音はこんなに不幸な目に遭わずにすんだんだ…!


 なのに、鈴音は馬鹿だ。俺がいくら川口を罵っても…それでもあいつの事をかばっている。何でだよ?あいつはお前をまるで不用品の様に捨てたんだぞ?行き先も告げず、逃げるようにいなくなった最低な男だぞ?なのに何でかばいだてするんだよ。


俺じゃ…駄目なのかよ…。


そして、鈴音は涙ながらに言った。


このマンションを出ると―。






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