亮平 19

 鈴音の手術は7時間にも及んだ。父さんと母さんは少し家に帰って休めと言ったが、とてもそんな気にはなれなかった。もし、万一手術中に鈴音が死んでしまったら?そう思うと休む気にも家に帰る気にもなれなかった。…俺がここに居ても何も出来ないのは分り切っていたが、それでもここから離れる気にはなれなかった。


「鈴音…頼む…!死なないでくれ…っ!」


俺は必死で祈り続けた…。



 20時過ぎ―


手術中のランプが不意に消えた。


「え…?手術…終わったのか…?」


立ち上がって手術室の扉が開かれるのを待った。そして5分程経過した時…。


ガチャ…


目の前の扉が開き、1人の男性医師が現れた。


「せ、先生!鈴音は!鈴音はどうなったのですかっ?!」


「貴方は…御家族の方ですか?」


「いえ…鈴音の…彼女の婚約者ですっ!」


俺は咄嗟に嘘をついてしまった。そうでなければ、ただの幼馴染ってだけでは…鈴音の状況を説明してくれないのではと思ったから…!


「ああ…婚約者の方でしたか…。現状を申し上げますと…」


医者は溜息をつくと言った。


「手術は成功しましたが…意識が戻るかどうかはまだ分りません」


「え…?」


俺は何を言われているか理解出来なかった。


「ど、どういう事でしょうか…」


「患者さんは出血が酷すぎました。命を取り留めたのは奇跡に近いです。ただ3カ月たっても目が冷めなければ…恐らく一生植物状態として生きていくことになるでしょう」


「そ、そんな…!!」


あまりの突然の言葉に頭の中が真っ白になってしまった。


「後は…患者さん次第です」


医者は沈痛な面持ちで俺に言ったが…俺はもう何も考えられなかった。その時…。

再び手術室の扉が開いた。


「鈴音っ!」


そして酸素吸入や点滴等様々なチューブを取り付けられた鈴音がストレッチャーにのせられたまま大勢の看護師たちの手によって運ばれてきたのだ。


「鈴音!鈴音!」


駆け寄ろうとすると1人の看護師に止められた。


「落ち着いて下さい。患者さんは意識も無く、絶対安静なのです。これからICUに入って治療を続けるので下がって下さい」


「そ、そんな…」


ICUだって?それじゃ…俺は鈴音の面会にすらいけないのか…?


俺は…鈴音が運ばれて行くのを呆然と見送ることしか出来なかった―。




****


「…聞いていますか?岡本さん」


医者に呼びかけられ、俺はハッとして顔を上げた。


「は、はい。すみません。聞いています」


俺の目の前には鈴音の主治医の医者が座っている。ここは面談室で俺は今医者と面談の真っ最中だった。医者は俺を見ると言った。


「本来であれば…御家族に説明するところですが…御両親は亡くなられているのですよね?」


「はい、そうです」


「そして唯一の肉親であるお姉さんは精神疾患で…この病院に入院している…」


「…その通りです」


「何度も申し上げましたが、婚約者と言う関係だけではICUに面会は無理です。意識が戻れば個室に移動する事も可能で、面会も出来るようになりますが…現段階では何を言われても面会は無理です。諦めて下さい。」


「わ、分りました…。その代り、彼女の…鈴音の目が覚めたら必ず連絡を入れて頂けますか?」


「…分りました。何かあったら必ず俺に連絡を入れて頂けますか?」


「…」


主治医は驚いたように俺を見ていたが…やがて頷いた。


「いいでしょう…分りました。後程ナースステーションで連絡先を伝えて下さい。それではこの辺で失礼します」


「ありがとうございました…」


医者は出て行き、俺は1人残された。



そして…ここから俺の本当の苦しみが始まる―。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る