第18章 2 臆病な私

 マンションの自室に戻ると、すぐに普段着に着替えた。そして既に用意しておいたキャリーケースを持つと再び部屋を出て玄関の鍵を掛けると駅へ向かった―。


ガタンゴトン

ガタンゴトン…


揺れる電車の椅子に座りながらお姉ちゃんにメールを打った。


『今、電車の中。後30分位で家に帰れると思うから』


それだけ打つとお姉ちゃんにメールを送信し、ふと前方に仲睦まじげに座っている若いカップルが目に止まった。2人は網棚に大きなかばんを乗せている。ひょっとすると旅行に行くのかもしれない。


「旅行か…」


口の中でポツリと呟いた。そう言えば、直人さん…温泉旅行のHPを良く見ていたっけ…。私も直人さんも温泉が好きだったから、いつか温泉旅行に2人で行こうと約束していたのに、一度も行くこと無く終わってしまった2人の関係。こんな事になるなら無理にでも予定を合わせて2人で旅行に行ってれば…。そこまで考えて、思い直した。ううん、かえって思い出があまり無くて良かったんだ。思い出が多ければ多いほど悲しみも深くなるから…。

そして私は千駄ヶ谷に着くまで目を閉じた―。


 電車がホームに到着し、私は電車を降りた。 そして雑踏の中、改札をくぐった私はそこにスーツ姿の亮平の姿を見つけて目を見開いた。


「え…?亮平、どうしてここに…?」


すると亮平は笑顔で近づくと言った。


「何って、鈴音を迎えに来たに決まってるだろう?」


「迎えって…あ、ひょっとしてお姉ちゃんから連絡貰ったの?」


「ああ、そうさ。鈴音から連絡貰ったからすぐに駅まで迎えに行って欲しいって。だから着替えもせずに迎えに来たんだよ」


「そうなんだ…お姉ちゃんが…」


「ほら、荷物よこせよ。重いんだろう?」


「あ、ありがとう」


亮平は私のキャリーケースを持つと言った。


「俺、駅まで車で来てるんだ。コインパーキングに止めてあるから行こうぜ」


「うん」


そして私と亮平は並んでコインパーキングへと向かって歩き出した。


「鈴音、もう年内の仕事は終わったんだろう?」


「うん、終わったよ。亮平はどうなの?」


「俺は明日からなんだ。それで4日から仕事開始さ」


「そっか、私と休みが1日ずれているんだね?」


「そうだな。それで鈴音は1日の日にもうマンションに帰ってしまうのか?」


「うん、3日から仕事からね。2日は家に帰って翌日の仕事に備えないと」


そこまで話していると、もう目の前はコインパーキングで亮平の黒い車が駐車されているのが見えた。


「あ、あれだね?亮平の車は」


指差すと亮平が頷く。


「ああ」


亮平は遠隔操作でドアのロックを解除すると私に言った。


「鈴音。先に助手席に乗ってろよ」


「うん、分かった」


亮平に言われて先に車に乗り込み、シーベルトをしていると亮平も乗り込んできた。そしてシートベルトを締め、ハンドルを握ると言った。


「よし、行くか」


「うん、お願いね」


そして亮平はアクセルを踏んだ―。



****


「ねえ、亮平」


「うん。何だ?」


「お姉ちゃんとの交際は順調?」


「え?あ、ああ。まあな」


「そっか・・・なら良かった」


私の恋は終わってしまったけど…お姉ちゃんと亮平はうまくいって欲しい…。


「鈴音、もしかしてお前…まだ川口の事、引きずってるのか?」


「え?」


突然川口さんの名前が亮平から出てきて少し驚いて顔を見た。


「あんな無責任な男…早く忘れちまえ」


亮平は何故かイライラした口調で言う。


「それは違うよ、亮平。直人さんは…責任感が強いから、私と別れたんだよ」


「何言ってるんだよ!けど、結局金持ちの家と結婚しておいしい思いをするのは変わりないんだろう?お前を平気で捨てて…!」


「…」


亮平はあの動画を見ていない。直人さんが私に送った最後の別れのメッセージ動画を。あれを見れば直人さんが苦しんで私との別れを決意した事は一目瞭然だ。けれど私は誰にもあの動画を見せるつもりはないし、二度と見ることは無いだろう。直人さんの事はもう絶対に諦めて忘れなければならない人なのだから。


「ごめん。鈴音、悪かった。言い過ぎたよ」


不意に亮平が謝ってきた。


「え?どうしたの?突然…」


「い、いや。まだ鈴音と川口が別れて間もないのに、お前の気持ちも考えないで非常識だったな。」


「亮平…」


「まあ、辛い恋愛を忘れるのに一番いいのは新しい恋をすることだな?」


「ごめん…今はまだそんな気になれなくて…」


窓の外の景色を眺めながら、ポツリと言った。


私は…恋愛に対して、臆病な人間になっていた―。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る