第17章 5 手伝い
朝9時―
早番で出勤してきた私は係長に頼まれてPCで顧客管理のデータ入力をしていた。でもこうして仕事に打ち込んでいれば、辛い出来事を忘れる事が出来る。だから集中して入力の仕事を続けた。
「ふ~…」
丁度きりの良いところまで入力が終わったので一息ついたときに、隣に座る井上君が声をかけてきた。
「ねえ、加藤さん」
井上君は丁度PCで新しい旅行の企画書のフォーマットを作成していた。
「何?」
「今日の昼飯、一緒に食べに行かない?」
「うん、いいよ。あ、でも…ちょっと金欠気味だから出来るだけ安い御店にしてくれると助かるな。出来ればワンコインとか」
すると井上君が驚いた顔を見せた。
「え?ボーナス出たばかりなのに…?もう金欠気味なのか?」
何故か井上君の目がウルッとなり、ギョッとしてしまった。
「え?え?ちょっと待って?何で涙ぐんでるの?」
「いや~…色々苦労してるのなかって思って…」
その言葉にドキリとした。私が恋愛のもつれで悩んでるの知ってるのかな?最も…もう終わってしまった恋愛だけども。
「俺もさ、冬のボーナス当て込んで、中古だけど車買っちゃったんだよな~。」
「え?そうなの?やっぱり井上君て結構大胆なんだね…」
「そうかな?それ程でもないと思うけど‥それじゃ昼休み約束したからな?」
「うん。分った」
そしてお昼休みの約束をした私達は再び仕事に集中した―。
****
昼休み―
私と井上君はワンコインで食べられる定食屋さんに来ていた。
「ええっ?!加藤さん…また引っ越しするのか?!」
向かい側の席でかつ丼を食べていた井上君が大きな声を上げた。
「うん…そうなんだ。ちょっと色々訳アリでね…」
親子丼を食べながら私は言った。
「訳?!訳ってどんなっ?!」
「う、うん。ちょっとした騒音トラブルでね?それに、やっぱりお風呂に入りたくて。新しいマンションはお風呂がついているんだよ」
そんなトラブルは無いけども、嘘をついた。
「そうか…集合住宅なら騒音トラブルはつきものだよな‥。でも風呂が付いているって言うのはポイント高いな。やっぱり冬の寒い季節は俺も入りたくなるもんな」
その時、私のスマホに着信が入って来た。相手は…勿論亮平から。今朝の電話で亮平に引っ越しの話をした時に、1人では準備が大変だから手伝いに行ってやると言われていたから多分その連絡なのだろう。
私がチラリとスマホに視線を移すと、井上君がためらいがちに尋ねて来た。
「今のメール…ひょっとして彼氏から?」
「ううん。違うよ」
少しだけ胸をチクリと痛めながら答えた。
「そ、そっか…違うのか。それじゃ…」
「ごちそうさま。美味しかった~」
井上君が何か言い出す前に、親子丼を食べ終えた私は箸を置いた。亮平と井上君は以前にもトラブルになったことがある。彼の前ではあまり亮平の話はしない方が良さそうだったから。
「ああ、食べ終えたのか。それじゃ代理店に戻ろうか。」
「うん、戻ろう」
そして私と井上君は代理店へと戻った。井上くんは始終何か私に聞きたそうな素振りを見せていたけれども、結局代理店へ戻るまで私に何か聞いて来る事は無かった。
****
19時―
新小岩駅そばにあるファミレス。亮平が待ち合わせに指定してきた店にやってきた。
自動ドアを潜り抜けて店内へ入り、亮平の姿を探していると背後から声を掛けられた。
「鈴音!ここだ!」
「え?」
振り向くと、窓際のボックス席でスーツ姿の亮平が立ち上がって手を振っている。
「あ、亮平。」
私は亮平の座ってるテーブル席に足を向けた。
「ごめん、待った?」
椅子に座りながら尋ねると、亮平は首を振った。
「いや、そんな事無ないさ。それより、鈴音。段ボール箱これくらいで足りるか?」
亮平が座るボックス席の上には畳まれた段ボール箱が立てかけられている。
「段ボール箱はいくつあるの?」
「全部で5箱買った」
「え?そんなに買ったの?重くなかった?」
[バーカ、俺は男だからこれくらい平気さ。とりあえず、飯にしようぜ。俺、もう腹が減ってたまらないんだ」
亮平が早速メニュー表に手を伸ばす。
そこで私もメニュー表を手に取って広げた―。
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