第16章 23 太田先輩

 翌朝―


今朝も寝不足のまま早番で出勤してきた私は店の開店準備をしていた。

店舗前の歩道をほうきで掃いてちりとりで取っていると声を掛けられた。


「おはよう、加藤さん」


顔を上げれば、そこには代理店のジャケットを羽織った太田先輩が立っていた。右手には水の入ったバケツを持っている。


「掃除だろう?手伝うよ」


そして水をまき始めた。


「そんな、先輩。いいですよ。外回りの掃除は新人の役割なんですから」


「いいっていいって。気にするなよ。加藤さんはシャッターを開けてきなよ」


「はい、ありがとうございます」


頭を下げると、ポンと頭の上に手を置かれた。


「気にすること無いさ」


そして太田先輩は鼻歌を歌いながら再び外回りの掃除を始めた。太田先輩は優しい人だ。本当なら昨夜あんな場面を見てしまったら気になって話を聞いてくるだろう。だけど何も聞かないでくれている。


「ありがとうございます」


私は先輩の後ろ姿に小さな声でそっとお礼を言った―。




****


昼休みの時間になった。


「お昼、行ってきます」


社員の人達に声を掛けると、太田先輩が立ち上がった。


「よし、行くか。加藤さん」


「え?一緒に行くんですか?」


口を開いたのは私ではなく、井上君だった。彼は遅番だから午後1時半からお昼休憩に入ることになっている。


「ああ、そうだ。どうだ?羨ましいだろう?さ、それじゃ行こう」


太田先輩は私が何か言う前にさっさと裏口から出ていってしまう。


「す、すみません!行ってきます!」


頭を下げると急いで私は大田先輩の後を追った。



 上着を羽織り、店舗の外へ出るとすでにそこにはコートを羽織った太田先輩が立っていた。


「いや、全然待ってないさ。それじゃ行くか」


そう言うと、くるりと前を向むくと歩き始める。私は先輩の後を追いかけた―。



「え?ここに入るんですか?」


太田先輩が連れてきてくれたのは落ち着いた雰囲気のカフェだった。この店はカフェとうたっているけれども、食事のメニューが充実している。ただ平均予算が1000円からと、若干値段が高めなのがネックになっている。


「あ、あの…」


戸惑っていると太田先輩が言う。


「あ、もしかして値段を気にしているのか?それなら気にするなって。可愛い後輩に今日は先輩のこの俺が奢って上げようと決めていたのさ」


「いえ、奢って貰うなんてそんなわけにはいきません。自分の分は自分で払いますから」


すると太田先輩が神妙な顔つきで言う。


「加藤さん」


「は、はい」


「実はこの店、まとめ払いでスマホ決済すると値引きされるんだ」


「え?」


「だから支払いは俺がする。いいよね?ポイントも貯まるし」


流石にそこまで言われば私は引かざるを得なかった。それに妙に真剣な顔で言うのがおかしくなってしまった。


「ぷ」


思わず吹き出すと、太田先輩が笑った。


「お?やっと笑ったな?」


そして私の頭をポンポンと軽く叩くと言った。


「よし、中に入ろう」


「はい」


そして2人で中へと入った―。



****


「う〜ん…何にしようかな…」


窓際のボックス席に座った太田先輩は真剣な目つきでメニューを見ていたけれども私に視線を移した。


「加藤さんはひょっとして決まったのか?」


「はい、決まりました」


「え?マジか?何にしたんだ?」


「デミグラスソースのオムライスです」


「おお、確かにうまそうだな。よし、それじゃ俺は牛すじ煮込みデミグラスオムライスにしよう!」


メニュー表を閉じると早速店員呼び出しボタンを押す太田先輩。するとすぐに女性店員がグラスに入った水を持ってやってきた。


「お待たせいたしました」


「デミグラスソースのオムライスと牛すじ煮込みデミグラスオムライス2つ下さい」


「かしこまりました」


女性店員は 頭を下げると去って行った。すると太田先輩が口を開いた―。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る