第16章 17 忘れる為に出来ること

「直人さん・・っ」


まさかこんな別れをする事になるとは思わなかった。ひょっとして私と会ってる間も直人さんはずっと悩んでいたの?私は悔やまれてならなかった。直人さんと出会ったのは1年も前だったのに…あの時から直人さんは私の事を好きになってくれていた。こんな結果になるのが分かっていたら、もっと早く彼の気持ちを受け入れて、お付き合いを初めていたのに。そしたら何かが変わっていたかもしれない…。

だけど…すごく辛いけど、私は現実を受け入れなければ。直人さんは2月に結婚するんだ。そして私達は二度と会うことは無い…。


「さよなら…直人さん…」


そして私は今はもう繋がる事はない、直人さんの連絡先を消去した―。




****


翌朝―


結局一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。身体がだるくて起きるのが辛かったけれども仕事があるから休んでいるわけにはいかない。


「頭痛い…」


昨夜殆ど泣き続けていたから、顔はパンパンにむくんでいるし、瞼は赤く腫れている。


「シャワー浴びよう…」


着替えを持ってバスルームへ行くと熱いシャワーを頭から浴びて髪と身体を洗った。髪を乾かしてリビングへ行き、何気なくテレビをつけると『今日の運勢』をやっていた。普段なら占いは気にしないけど、今日は何故か気になって見ていると、私の今日の運勢が一番悪かった。


「はぁ…見なければ良かった」


ため息をつくと私は朝の準備を始めた、と言っても食欲なんか全く無かったから洗濯だけ回して干し終えると出勤することにした―。




****


「おはようございます」


朝10時に代理店に出勤して来た私は皆に挨拶をすると、すぐにPCを開いて仕事に打ち込んだ。直人さんの事を忘れる為にも私は一心不乱に仕事に打ち込んだ―。



 

 17時に、その客は突然やってきた。私は奥のデスクで本社から届いたパンフレットを仕分けしていると、不意に窓口に座っていた大田先輩が声を掛けてきた。


「加藤さん」


「はい、何でしょう?」


「実は君に新婚旅行のプランを担当して欲しいと言ってるお客が来ているんだけど」


「え?私にですか?」


あまりの突然の話に頭がついていけない。


「いや、加藤さん個人と言うか…この代理店で一番若い女性に相談したいって言ってるんだ」


「ああ、そういう事ですね」


私はまだ新人で自信は無いけれどもいずれは窓口に座って接客も担当するのだから、これは私に与えられたチャンスかもしれない。


「どちらのお客様ですか?」


「ほら、あそこに座っている女性だよ。でもちょっと変なんだ。サングラスは取らないし、マスクを付けているし…」


「分かりました。とりあえず行ってみます」


そこで私はすぐに窓口に向かった。




「お待たせ致しました。加藤と申します。どうぞよろしくお願い致します」


サングラスとマスクのせいで女性の顔が全く見えないが、その女性は頷くと言った。


「実は来年年明けに結婚することになっているの。それで新婚旅行のプランを考えているのよ。貴女の考えを聞かせて貰えないかしら」


「新婚旅行ですか?それはおめでとうございます」


自分の心の痛みを隠しつつ、私は笑顔で答えた。


「旅行の日程はいつですか?」


「2月なのよ」


「2月ですか…」


直人さんの結婚式と同じだ…。


「ねえ、貴女だったらどんな新婚旅行にしたい?」


「え、ええ?私だったらですか?」


「ええそうよ。参考にさせて貰いたいから」


「そうですか…私だったら…」


私は自分の新婚旅行を想像してみた。


「私は…海が好きなので、白い砂浜に青い海、そして好きな人と時間を忘れてゆっくり出来る場所がいいです。例えば『タヒチ』とか…」


「ふ〜ん…『タヒチ』か。中々いいんじゃないかしら?南太平洋の楽園…素敵よね?それじゃおすすめのプランがあったら教えてくれる?」


「はい、かしこまりました」


そして私はそれから約30分程接客をして、結局女性客は名前も名乗らずにありがとうと言って、去って行った。…結局予約はしてくれなかった。


「残念だったな。加藤さん」


太田先輩が女性客が帰った後、私に声を掛けてくれた。


「いえ、いいんです。でも良い経験になりました」


うん、仕事に打ち込んでいる間は…悲しい事を忘れていられる。これからも仕事に打ち込んで直人さんの事を早く忘れなくちゃ。


そう思っていたのに…私を打ちのめす出来事がこの後待っていたなんて―。

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