第15章 12 彼の部屋での目覚め

 翌朝―


何処からともなく漂ってくるコーヒーの良い香りで私は目が覚めた。すると目の前には見慣れない天井が飛び込んできた。あたりをきょろきょろ見渡しても、全く見覚えがない。部屋はシックな白と黒のモノトーンで統一され、とても綺麗に片付いている。フローリングの床の上に置かれたまっ白な四角いセンターテーブルの下には薄いグレーの毛足の長いラグマットが敷かれている。部屋の広さは私のワンルームマンションよりは広く見える。存在感のあるグレーのカーテンは重厚さが感じられた。


「え・・?ここ・・どこだっけ・・?」


ベッドから起き上がり、私は気が付いた。そうだ・・・・!私は昨夜川口さんと恋人同士になったんだ。そしてその日のうちに結ばれて・・。おまけによくよく見てみれば、自分が今着ているのはダブダブのストライプ模様のシャツだった。きっと、このシャツは・・!


昨夜の記憶が蘇り、羞恥でカッと自分の顔が熱くなる。すると・・・。


「あれ?起きたんだね?」


Tシャツ姿にジーンズの川口さんが両手にマグカップを持って現れた。


「あ・・・お、お、おはよう・・」


思わず真っ赤になって朝の挨拶をする。すると川口さんは両手に持っていたマグカップをテーブルの上に置くと、ベッドの上にいる私に近づき、ギュッと強く抱きしめると耳元で囁いた。


「おはよう、鈴音。そのシャツ姿・・すごく可愛い。良く似合ってるよ」


す、鈴音・・・。そうだ、昨夜・・私たちは恋人同士になったのだから、お互いの名前の呼び方を変えようと決めたのだった。


「お・・おはよう。直人・・さん・・」


慣れない呼び方に、このシチュエーション。もう恥ずかしくてたまらない。その時、コーヒーの匂いに気が付いた。


「あ・・コーヒーの匂い・・」


すると川口さんが私から身体を離すと言った。


「うん。今日は2人でコーヒーを公園で飲む約束だっただろう?だからさっき入れたんだよ。はい、どうぞ」


川口さんはベッドの上にいる私にマグカップを渡してきた。


「あ・・ありがとう・・」


マグカップを受け取り、フウフウ冷ましながら一口飲んでみる。芳醇な香りと苦みのある味が口に中にたちまち広がる。


「このコーヒー・・すごく美味しい・・」


「良かった。気に入って貰えて。」


川口さんは静かに言うと笑みを浮かべて私を見た。


「・・・」


そんな川口さんを私は黙って見つめる。うん・・・やっぱりこの人は・・亮平とは違う。私に安心と安らぎを与えてくれる人なんだ・・これで良かったんだと私は自分の心に言い聞かせた―。




****


「本当に一度帰らないとだめなのかい?」


昨夜着てきた服に着替えた私は自分のマンションに戻るときに玄関先で呼び止められた。


「うん・・洗濯回さないといけないし・・着替えもしたいから・・」


それに・・シャワーも浴びたい。


「また戻ってくるよね?」


「う、うん・・・」


すると川口さんは私にキーホルダーのついたカギを渡してきた。


「え・・?何?これ・・」


「この部屋のカギだよ」


「そう。それじゃ今借りていくね?」


「ずっと持っていていいよ」


川口さんの爆弾発言に驚く。


「え?え?!い、いくら何でもそれはちょっと・・」


「どうして?俺たち・・恋人同士になったんだろ?」


川口さんは不思議そうな顔で尋ねる。この人は・・ひょっとして過去にお付き合いしていた女性全てにカギを渡してきたのかな?


「そうだけど・・でも・・」


「ごめん。無理にとは言わない。いいよ、鈴音の好きにして。持っていてもいいし・・返さなくてもいい」


「う、うん・・それじゃ今だけ借りるね」


玄関に出て靴を履いた時、呼び止められた。


「鈴音」


「え?」


振り向くと、突然キスされた。


「!」


それはほんの一瞬だったけど、こっちは心の準備が出来ていなくて驚きだ。


「いってらっしゃい。待ってるから」


「は、はい・・・行ってきます・・」


そして私は逃げるように川口さんのアパートを出た。




「ふう・・・そ、それにしても・・甘い。まさか川口さんが・・あんなに甘い人だったなんて・・!」


マンションを出たところで私は呟きながらスマホを手に取り、青ざめた。


私のスマホには昨夜から今朝までの間に亮平からのメールと着信がたまっていた―。




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