ファイト

マラソン大会の日だった。

その日、プーを含む数人が、朝から何か様子がおかしかった。

俺の顔を見てはニヤニヤしていた。


俺が持っていた、ズダ袋風のナップザックを見ると”うをををを”という感じで押しかけて来てこう言った。

「こんなのお前持ってなかったよな」

「これ、あれじゃん?手作りじゃね?」

「そうそう」


何事が起こったのか、突然すぎてわからなかった。

ただの、ディスカウントストアで買って来たナップザックだったのだが、その頃は、輸入品の安価な縫製品の方が、却って手作りの一品ものだったりした時代。

手縫いと言われれば、そう見える代物であった。

それにしても、冷やかされる意味がわからない。


「お前もこういうのを作ってもらえる身分になったか」

「祝着至極」


どこの暴れん坊将軍だ。


何かがあったことは確かだったが、それが何なのか、いくら聞いてもニヤニヤするばかりで教えてくれない。面倒くさいので、俺は考えるのをやめた。


プーの妙な態度から、なぜか、そんなことを思い出していた。

「あれは一体なんだったんだろう」

ビールを口に運びながら、少し、思い出し笑いをした。


その時、突然、本当に突然、

「ファイト!」

という声が、頭に響いた。

いや、本当に響くわけがない。


思い出した。


あのマラソン大会の日、実は体調があまり良くなかった。

朝から胃液が込み上げる感覚があり、マラソン参加を躊躇していた。

案の定、10kmコースの半分を過ぎたあたりで足が動かなくなった。

それでも、なんとか、歩くようなスピードで、進んでいたが、ついにへたり込んでしまった。

道端で座っている俺の前から男子の気配がなくなり、後発した、5km走の女子たちが通り過ぎていくのがわかった。

陸上部やバスケ部、そんなスポーツ女子が過ぎ、そして、普通の女子たちも混じるようになった。


恥ずかしかった。ドンくさ過ぎた。

このまま、学校の救護班が来るのを待とうか。

顔を上げられず、俺はじっとしていた。


その時だった。

「ファイト!」


高梨葵だった。


ビクッとして、顔を上げた時には、高梨はもう走り抜けていた。


ぐっ、と足に力を入れた。

立てた。

よろよろと、ゴールに向かった。

高梨は、もう、背中も見えなかった。


そうだ、そんなことがあったんだ。


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