持続可能な吸血(短編版・初期案)
廉価
1.嗜血
吸血鬼は皆ブルベだと流子は知っていた。美容用語、ブルーベース。肌の色相が青寄りで、寒色系の服が似合うとされている。
それが羨ましいと思ったことは無かった。
降り注ぐ血の雨が、その調和を擾乱するまでは。
造血都市
人鬼共学のこの大学に入れば、奨学金、供血義務の一部免除、人間の自治権の強い銀沢市の居住権など様々な特権が手に入る。そして何より、正式な
競争率は激しく、受験勉強は過酷だった。しかしともあれ、流子と渚は合格し、ここにいる。
式場のパイプ椅子に隣り合って座る渚が、流子に小声で話しかけてきた。
「今年の新入生、何割くらいが吸血鬼なんだろう」
「去年は人鬼比が8:2だったらしいけど。でも、パッと見じゃわかんないな」
吸血鬼と人間を遠目で見分ける確実な方法は無い。吸血鬼は総じて青白いが、メラニン色素の量は人種による。瞳の色も、興奮したときは赤色に光るとはいえ普段は人それぞれ。もちろん、口を開けば牙によってすぐにわかる。
流子は演目を見て言った。
「次は新入生のスピーチだって」
そんな目立つ役割を買って出る人間がいることが流子には信じられない。
「あの娘かな?やっぱり吸血鬼っぽいね」渚が指差した。
そう、華やかで、豪奢で、何者かになれるチャンスが保証された場所にいるのはいつも吸血鬼。
ステージを颯爽と歩き、登壇する少女。まっすぐで細い首筋に黒いチョーカーが巻かれ、それは前方でスカーフのように変化し、黒っぽいドレスの胸元を飾っている。
ストレートのワンレンボブは真ん中で分けられて、物憂げな目を半ば遮光している。そのタンザナイトのような青紫のグラデーションを持つ瞳に流子は衝撃を受けた。それがいかに他の色彩と相乗効果を持っているかについて。青みがかった黒髪、泣きはらしたような色の涙袋、嘘のように赫い唇。〈
「あんな子、いるんだ……」
「あんな顔、存在するんだって思うよね」渚がもっと正確に表現した。
少女は
「良い薄明と黄昏を《Good Twilight and Dusk》、みなさん。この象徴的な挨拶でおわかりのように、私はいわゆる人鬼共存派です。人間と血族の間の格差の完全な解消を目指しています。
また、二つの種族の持続可能な繁栄のために、
それは入学の祝辞に対する答辞という形式的なスピーチではなく、明確に主張を持った弁論だった。
いわゆる意識の高い大学においては意外な行事ではなかったものの、あどけない容貌に気を取られていた流子にこの硬質な語り口は寝耳に水だった。
淀川タユタは、語りかけるように続けた。
「突然ですが、血族のみなさん。最近の血は少し錆臭くないですか?血中計算速度が落ちていませんか?
もしそうでないならば、あなたは恵まれています。有力氏族の子女たちは今も赤く美味しい血を手に入れています。しかし、血色汚染の影響を最初に被るのは貧困層なのです。
本当の問題。それは特権を与えられ、見逃されてきました。過失を注意深く免責されてきました。それは個人でも団体でも、種族でもありません。それが無い世界を想像することが困難にすらなるまで、我々に受け入れられたシステム。
血色危機の本当の原因、それは
「みなさん、自由血液市場に基づく嗜血主義は、すでに限界に来ているのです。
ヴァンパイアの各氏族が領内の人間の血を自由に取引してよい現状のシステムでは、人間の血中算素濃度は低下する一方です。たとえ無理やりに人間の頭数を増やしても、算素濃度は制御できません。〈
滔々と専門用語を紡ぐ淀川タユタを見て思う。流子はこういった種類の主張には距離を置いてきた。何か
「共血主義に逆戻りするよりは、嗜血主義のほうがマシだ、そう主張する方が多いのも理解できます。しかし、考えてもみてください。ヴァンパイアと人間の人口比は4:100。なのに、ヴァンパイアが地球上の富の70%を所有しています。この異様な不平等をどう正当化できるでしょう?種族間に格差があるのは当たり前、と思われる方もおられるかもしれません。しかし、そのヴァンパイアの中での有力氏族と眷属の間の格差も広がる一方です。これは嗜血主義の一時的な不調などではなく、むしろ必然的な帰結なのです」
しかし――もしそれが、メンヘラファッションの吸血鬼の口から語られたものだったら?
それは突然、何か現実とは関係のないおとぎ話に聞こえ始める。ダイヤとスペードの、おもちゃの兵隊達の戦争に。そもそも、吸血鬼が毎日おいしい血を飲めるかどうかを、なぜ私が気にしなければならない?あまりにも自分に無関係な思想は、逆に安全地帯から聞くことができた。
「嗜血主義しか選択肢がないという無力感――嗜血主義リアリズムから脱却し、行動を起こすのは今しかありません。
行動――具体的には、大企業による無計画な搾血の規制、供血によって生きながらえる人間に労働主体を取り戻させること、積極的な下位眷属の雇用を訴えていきます。人間の外部環境、つまり緑の保護も欠かせません。それらを政策レベルで実現する必要があります。個人単位での節制では、もはや不十分なのです。むしろそれは大規模搾血という大きな問題から目をそらすための気休め、ブラッドウォッシュでしかありません。
誤解しないで頂きたいのは、これは血族の皆さんの自由吸血を禁ずるものではないということです。新鮮な血を嗜むことを批判するものではありません。むしろ、それを持続させるために必要な取り組みなのです。
そして、最後に人間のみなさん。皆さんにとって環境である地球環境は、我々にとっては環境の環境です。最終消費者であるはずのみなさんが、我々にとっては生産者です。あなた方が植物なしでは生きられないように、我々もあなた方無しでは生きられません。あなた方が美しい緑を、森林や草花を愛でるように、我々はあなた方を愛しています。
私は皆さんの〈皮下出血〉に、リンクを送信しました。あとで左手首の〈浮き
人間とヴァンパイアは協力することで弱点を補い合うことができます。共通の問題を解決するために。今日からデモやストライキに参加して欲しいとは言いません。血観のSNS上で血判を一つ押していただくだけで十分です。今日をきっかけに、皆さんがこの問題に少しでも興味を持っていただけたら、私はうれしいです」
淀川タユタは一礼し、惜しみない拍手を背に退場した。
今度は渚が呆然と、先程の流子と同じことを言った。
「あんな子って、いるんだね」
「うん……ほんと」
流子は思い出したように左手首を撫でて、浮き痣を起動した。網細血観に接続し、皮膚の色素胞群で表示される動画を観た。
どの場面においても、彼女が纏う色彩の組み合わせは好ましく、心地よかった。なので流子はタユタのアカウントをフォローし、ハート型の血判を押した。
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