首なし騎士の探し物
秋葉夕雲
第1話
先日魔獣の襲撃に晒されながらもそれを乗り切ったミグランス城。それが聳え立つ王都ユニガンもまた健在であった。
しかし、やはり民衆にも不安の影が差したのか、奇妙な噂が広まっていた。
曰く、首なし騎士が現れる、と。それだけならよくある噂話だと笑っていられただろう。だが……。
「首なし騎士? そんな奴が出るのか?」
休息の為に立ち寄った宿屋で妙な話を聞いたアルドは思わず聞き返した。
「ええそうなんです。最近首のない亡霊が歩き回ってるってみんな噂してます。うちの客の中には直接目撃した人もいるみたいです」
宿屋の娘は当然ながらその手の噂話に敏感だ。ただの興味本位ではなく、客の入りにも影響するので神経をとがらせざるをえないのだ。
「怪我をした人はいるのか?」
「いないらしいです。ただ、だからこそ騎士団にも依頼できないみたいで……」
「以前、バルキオーの村でも同じようなことがありましたね……」
愁いを帯びた声を発したのはウェーブのかかった金髪を波打たせる少女、ミーユだ。少し前の出来事を思い出して憂鬱になっているらしい。いや、より正確には国民の不安を払拭できない国に内心歯嚙みしているのかもしれない。もっとも、今ならすべての問題に国が介入できないこともわかっているだろう。
「被害がないとはいえ、みんな不安だよな」
「そうなんですよ。そういうわけなんでアルドさん……」
ちらりと、懇願するような視線を向けられる。言葉にしなくてもわかる。
「わかった。調べてみるよ」
「ありがとうございます! このお礼は必ずさせていただきます! 首なし騎士が出現するのは夜なので準備ができればこの宿屋にお立ち寄りください!」
宿屋の娘は安堵した笑顔を浮かべた。アルドの隣ではミーユがやる気を漲らせていた。
一旦宿を出たアルドたちはぐるりと辺りを見回す。
つい先日凶事が起こったとは思えないほど賑わっている。とてもではないが亡霊が動き回るような雰囲気はない。
「それにしても、亡霊か。物騒……ではないけど、気味の悪い話だな」
「そうですね。一体どうして首がないのでしょうか」
「気にするところはそこなのか?」
「え、でも気になりませんか?」
「まあ、そりゃあね」
幽霊なら首ではなく、足がないのが普通なのではないだろうか。いやそもそも亡霊が普通ではないわけなのだが。
「首のない亡霊……本当にいるんでしょうか」
自分の首がちゃんとついているか確かめるように首に触れる。人間は首を切られれば死ぬ。元から死んでいる幽霊にそんな常識が通用するのかも判断できない。
生者らしく首をひねり続けるアルドとミーユに別の方向から声がかけられた。
「おや、アルド殿。ミーユ殿。いかがいたしましたか」
声の方向に首を向けるとそこにはカエル姿の剣士が直立していた。町人もちらちらとこちらに視線を向けている。
色々な時代を旅してきたアルドだが、カエル姿の剣士はそうそういないと断言できる。
「いるかもしれないな……」
「……そうですね」
二人は妙に納得してしまった。カエルの剣士がいるなら首のない亡霊だっていてもおかしくはない。
そんな二人を見てカエルの剣士ことサイラスは首をひねっていた。
「あいわかった。拙者も助太刀いたそう」
事情を説明し、すぐに帰ってきた返事がそれだった。
「サイラスさん。ありがとうございます」
「なんの。ミーユ殿に礼を言われるほどのことではないでござる」
「いえ。本来なら騎士団が解決するべきことですから」
「? ならばなおさらミーユ殿が責任を感じることではないのでは?」
「え、あ、そうですね……えっと……」
旅の剣士ということになっているミーユはしどろもどろになりながら、言葉を続けようとするが、替わりに横からアルドが言葉を続けた。
「ミーユはもともとユニガンの出身で、ちょっと騎士団とも縁があるんだ」
「おお。そうでござったか。では、郷里を守る戦いでもあるわけでござるな」
得心するサイラスに聞こえないようにアルドはミーユに耳打ちする。
(これでいいか?)
(ありがとうございます)
ミーユは旅の剣士を自称するが実際にはミグランス王の一人娘だが、家出中ということもあり、大っぴらに出自を明かすつもりはないらしい。
もっともアルドからすれば本当に隠すつもりがあるのか首をかしげたくなるのだが。
「では、準備を整えた後、宿屋に集合ということでよろしいか?」
「そうだな。早めに解決したほうがよさそうだ」
日が傾いた後、宿屋に向かい、そのまま少し休み、また街に繰り出す。
すると辺りは昼間の喧騒が嘘のような静けさだった。
「夜の街って独特の雰囲気がありますね」
「同感だ。バルキオーの静けさとはまた違うな」
建物も、床も墨を塗りたくったような黒。一歩踏み出せばそのまま落ちてしまいそうな錯覚に襲われる。
「うむ。だがこのままぼんやりしているわけにもいかんでござる」
「そうだな。亡霊がよく出る場所はもう聞いてあるからそこに————」
「アルドさん!」
ミーユが叫び、視線を向けた場所を注視すると、夜の闇からにじみ出るように首のない騎士が現れた。暗さでわかりづらいが、ミグランス城やユニガンの兵士が着る一般的な鎧であるように見える。
三人が一斉に身構える。
亡霊はふらふらと、酔っぱらっているようにこちらに近づいてきたが……十歩ほどの距離で立ち止まった。
そのまま何をするでもなくじっとしている。
「本当に襲ってこないんだな」
拍子抜けするほどおとなしい亡霊に、三人もやや警戒心を緩めてしまう。誰もけがをしていないのだから当然と言えば当然だが、いかにも騎士の亡霊といった風貌からは想像できないほど温和だ。
「でも、どうしましょう……」
「むう。襲われてもいない相手を攻撃するのは気がひけるでござる」
(いや、初対面の時はいきなり襲ってきたよな)
サイラスと初めて古代の沼で出会ったことを思い出して心の中で突っ込むがそれは心の戸棚にしまっておく。
「ううん、ひとまず話しかけてみるか。見た目とは違っておとなしい亡霊なのかもしれないし。おい! お前はどうしてここにいるんだ!」
アルドが大声で呼びかけても反応が全くない。
「あの、アルドさん。首がないのにどうやって話すんですか?」
「あ」
ミーユのもっともな指摘に思わず間抜けな声が漏れる。
「それじゃあ、筆談とか……」
「目がなければ文字も読めないのでは?」
「……」
サイラスの指摘も至極的を射ていた。
「弱ったな。顔のない相手とどうやって会話すればいいんだ?」
当たり前だが三人とも首のない亡霊と会話したことはない。誰もこれといった答えを持ち合わせていなかった。
「えっと、手のひらに文字を書けば伝わるんじゃないでしょうか」
「幽霊には触れるのでござるか?」
「それこそやってみなくちゃわからないな」
ゆっくりと亡霊に近づいていく。亡霊は会話中も全く動いていなかった。だが、ミーユが剣を鞘に納めると小さな鍔なりがした。夜の静寂でなければ聞き逃してしまいそうな小さな音だったが、その音を聞いた瞬間、亡霊は劇的な変化を見せた。
「なっ!?」
「えっ!?」
「むっ!」
三人が驚くほど俊敏な動きでミーユにつかみかかる。虚を突かれたミーユはかろうじて躱す。
しかし亡霊は止まらず両腕を広げてミーユを追いつめようとする。
「害意があるなら手加減はできん! 切り捨て御免!」
サイラスが刀を煌めかせ、亡霊を両断しようとする。が、やはり亡霊は先ほどまでの様子が嘘のように軽やかな身のこなしで攻撃を避ける。
「くそ! こうなったら戦うしかないな! いけるかミーユ!」
「はい! 大丈夫です!」
態勢を立て直したミーユも戦列に加わる。
亡霊の動きそのものは悪くないのだが、攻撃に苛烈さが欠けていた。容易くはなかった修羅場をくぐったアルドたちは亡霊を追いつめていく。
「せい!」
サイラスの刀が今度こそ亡霊の右腕を切り飛ばす。しかし全く血が流れない。それどころか右腕が煙のように空気に溶けていく。
「本当に亡霊みたいですね。なら、遠慮しません!」
ミーユが一気に踏み込み、敵を袈裟斬りにする。まっとうな生き物ならば間違いなく勝負はついていたはずだ。
「そんな!?」
亡霊は痛くも痒くもないと言わんばかりにミーユの両腕を掴む。
「攻撃が効かないのか!?」
まさに
「ミーユ殿! そのまま動かずに!」
今度はサイラスが縦に真っ二つに切り裂く。だが、瞬きの間に亡霊は傷そのものがなかったかのように元通りになっている。
そしてミーユの腕を離すと今度はミーユの腰のあたりを掴み、まさぐる。
「きゃ!? こ、この!」
ミーユは思いっきり剣を振り回す。
正確な一撃ではなく、剣の峰に当たってしまうが、それが功を奏して亡霊はたたらを踏んで離れた。
「大丈夫か!?」
「え、ええ。でも、この亡霊、どうやって倒せば?」
「確かに……俺たちの攻撃がまるで効いてない」
攻めあぐねるアルドたちを見つめて……首がないのでそんな気がしただけだが……亡霊はやがて煙のように消えた。
「ううむ。逃げられたでござるな」
「そうだな。でも、あいつを倒す方法がないからこれ以上戦ってもどうしようもない」
「そうですね……あら?」
「どうした?」
「ここに何か落ちて……」
ミーユが地面から拾ったものを見ると手のひらに収まりそうな小さな金属の板だった。
「亡霊の落とし物でござるか?」
「そうかもしれないな。でもなんだろう」
「多分、騎士の身分や役職などを示す鑑札じゃないでしょうか。これは……名前が書いてありますね。ええっと、コルネリアスですね」
「つまり、あの亡霊はコルネリアスという名前なのか?」
「確信はできないでござる。だが間違いなくあの亡霊の正体の手がかりでござろう」
「……ひとまず調べてみるか」
三人はそれ以外に亡霊に対処するすべを思いつかなかった。
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