見習い女神の神がかり

アナマチア

①どうしてこうなった……。


 わたしの名前は、七夕たなばた織姫。

 十人並の顔に生まれて、ごく一般的な家庭で育って、そうして今年二十八歳になる。

 これまでずっと、平穏で平凡な人生を歩んできた。

 今現在は、地方都市の中小企業で、普通の会社員として働いている。


 地位や名誉はいらない。


 持て余すほどの財産も必要ない。


 平凡に生きて、老衰で死ぬ。


 それがわたしのささやかな願い、


「ああっ! このよくわからないファンタジーな状況を、どう受け止めたらいいの……!?」


 ふと気がつけば、神によって定められた運命のレール上に乗せられていた――。





 ここは見渡す限り何もない、真っ白な世界だ。上下左右に無限の空間があるばかりで、草木一本すら生えていない。そこにはただ、深い静寂だけが流れている。

 そんな場所で、わたしと運命の神――モロスは、しばらく無言で向かい合っていた。

 膠着こうちゃく状態が続く中、話の口火くちびを切ったのはモロスだった。


「ねえ、そろそろ覚悟を決めようよ〜」

「…………」

「えっ、無視!?」


 無邪気に決断を迫ってくるモロスを華麗にスルーして、つい今しがた聞いた話の内容を頭の中で反芻はんすうする。ところが、いくら考えても答えはひとつしかない。

 わたしの運命は、すでにモロスが握っている。つまり、運命を受け入れる以外の選択肢は存在しない、ということ。

 それなのに、未練がましく考え込んで、なかなか決断出来ずにいた。


「うぅ、家に帰りたい……」


 そう小さくつぶやいて、自分の足元に視線を落とした。

 年甲斐としがいもなく、いまにも泣き出してしまいそうな気持ちだった。


 ――いい年齢としをした大人が何というザマだ。


 唇をきつくかみ締めて、必死に涙をこらえる。


 ――こうなったら腹をくくるしかない……!


 心を落ち着かせるために、何度か深呼吸を繰り返し、最後にふーっと長い息をいた。やがて平静を取り戻すと、ようやく顔を上げてモロスと視線を交わし合った。


 ――さようなら、平穏な人生……。


「……わたしっ、覚悟を決めました! だからさっきの言葉を……もう一度聞かせてください!」


 言い終わると同時に、両手を強く握り締めた。

 こちらの様子を眺めていたモロスは、笑みを含んで視線を受け止めると、コクリとうなずいた。桜色の薄い唇が動くのを、固唾かたずんで見つめる。


七夕たなばた織姫」

「……っ、はい!」

「運命神モロスの名のもとに告げる。キミはこれから女神に転生――」

「ああああああ! 無理無理むりむりムリィィィィ!! やっぱりいやですぅぅうううう!!」

「ええー、覚悟を決めたんじゃなかったの?」


 こうしてわたしは、見事なジャパニーズ土下座を披露したのだった――。

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