その⑥「魔法使いの成行?」

「わからないのに、どうやって探すんですか?」

 目を丸くした成行。

「いや、だからこそ伝説のアイテムなんだ。探す方法から不明だから伝説なんだ」

「それを言ったら、おしまいでは・・・」

 それ以上の言葉が見つからない成行。


 そんなことを言われると、一気に『九つの騎士の書』の存在そのものが疑わしく感じてしまう。確かにそんなことでは、魔法使いでさえも都市伝説扱いするだろう。

「何かヒントは?九つの騎士の書を探すため、もしくは召喚するための。それすらも、わからないですか?」

「ヒントか?すまんが、それもよくわからない。胡散うさんくさく感じているなら、それもしょうがない。私も研究を続けてきたが、一度もこの手にしたことがなくてな・・・」

 困り顔の雷鳴。

「う~ん・・・」と、成行も頭を抱える。まさか、そこまで情報がないとは。

 だが、真剣に『九つの騎士の書』を探し求める者がいれば、どんな些細ささいな情報でも集めようとするだろう。事実、成行はその網に引っ掛かったのだ。


「探し方はよくわからないが、一方でわかったこともある。『九つの騎士の書』は、一冊ではないということ。全部で九冊ある」

「九冊?それですよ、それ!そういう情報を持っているじゃないですか」

 曇っていた成行の表情が明るくなる。

「それはそうなんだがな・・・」

 成行とは対照的に、雷鳴は歯切れが悪い。


「成行君、何か誘拐犯と話はしなかったの?」

 見事が会話に加わる。彼女は何となく気になったことを聞いてきた様子だ。

「会話?え~と、九つの騎士の書のことを聞かれて。それ以外には・・・」

 見事へ目を向ける成行。彼が話し始めたので、雷鳴は再びペンと手帳を手にする。

「えっと、僕の過去のことを知っていた。本の魔法使いのことを。あと、聞き慣れない外国語で話していた」

 成行の発言に眼光が鋭くなる雷鳴。


「待ってくれ。そこは初耳だな」

 透かさず雷鳴は成行に言う。

「あれ?僕の過去のことですか?」

「違う。『聞きなれない外国語』と言ったな?何語だ?」

「それが分からないから、『聞き慣れない外国語』なんですよ」

 そう言いつつ、誘拐犯とのやり取りを思い出す成行。


 今、思い出してみても、やはり聞いたことのない国の言葉を話しているように思えた。動画サイトをかいすれば、世界中の言語に触れる機会のある今の時代。

 意味は理解できなくとも、外国語の雰囲気というものは感じ取れる。つまり、『英語っぽい』雰囲気、『フランス語っぽい』雰囲気など、言語が有している音で何語なのか、何となく感じるものがあるはずだ。


 成行は捕らえられていたときのことを思い出す。スマホで会話する誘拐犯の言葉。全く理解できなかった。英語やフランス語など、聞き覚えのある外国語の雰囲気すら全く感じられなかったからだ。


「ユッキー、誘拐犯は日本人なのか?」

「日本人です。誘拐犯自身がそれを認めていたので」

「なるほど・・・」

 雷鳴は頷きながらメモする。


「誘拐犯の話した言葉は英語ではなかった?」

「英語ではないです。英語なら何かしら単語とか、会話を聞き取れたかもしれないので」

「ロシア語、中国語、フランス語、スペイン語、ドイツ語でもないか?」

「う~ん。断言できないですが、違う気がします。仮に、そのどれかなら、その言語の雰囲気を感じ取れたと思うのですが、それができなかった」

「なるほど・・・」

 渋い顔でメモを取り続ける雷鳴。


「彼らがどこかの国のエージェントなんでしょうか?」

 今度は成行が雷鳴に尋ねる。

「そうだな。考えたくないが、その可能性は捨てきれない」

 雷鳴の表情は厳しい。

「誘拐犯の正体は定かじゃないが、深刻な事態だ。犯罪組織であれ、どこの国の特務機関であれ、連中は本気で九つの騎士の書を探しているということだ」

 頭をかく雷鳴。少し落ち着かない様子だ。


「ユッキー、キミは誘拐犯のアジトから脱出に際して、ジュースを飲んだと言っていたな?しそジュースだったか?」

「はい、そうです」

 しそジュースを飲んだことは、昨夜少しだけ話していた成行。


「誘拐犯にをされた後に気を失いました。その後、意識を取り戻したときのことです」

「でも、成行君はどうやってしそジュースを飲んだの?体を拘束されていたんでしょう?」

 見事が不思議そうな顔で成行に聞く。


「確かに縛られて身動きはしづらかったけど、そこは頭と体を上手くひねったんだよ」

 まさか床にこぼれたジュースを飲んだとは言えない成行。

ひねったの?」

 何のことなのかわからない様子の見事。


「近くの冷蔵庫にしそジュースは入っていました。僕はそのしそジュースを飲んで再び気を失いました。いや、あれは眠ってしまったというべきかな?でも、また目を覚ましたときに怪我が治っていたんです」

「何?怪我が治ったと?」

 成行の言葉に強く反応する雷鳴。


「どんな風になったんだ?」

「えっと、顔面フリーキックで鼻が折れて凄く出血しました。しそジュースを飲む前は酷い痛みがあったんですが、目覚めたら治っていたんです」

「そのジュースは、単なるじゃない。魔法強化剤の可能性がある」

 雷鳴の表情が強張る。彼女のペンを持つ手が止まる。

「魔法強化剤?」

 キーワードだけを聞けば、それが魔法を強化するための物だと、何となく理解できる成行。一方で、深刻そうな表情のままの雷鳴。


「書いて字のごとしだ。魔法を強化するための飲み物。成分にもよるが、自己治癒能力を高める魔法強化剤もある。だが、それは製造、所有、使用が禁止されている」

「何だか法律みたいですね」

 何気なく言った成行。だが、見事も真剣な表情でこう言う。

「それは、『魔法使いの掟』だからだよ。成行君」

 見事も何か重大なことに気づいている様子だ。

「『魔法使いのおきて。これすなわち魔法使いの法律なり』これが日本の魔法使いの法律なのよ、成行君。これは日本の魔法使いが守らなくちゃいけないことなの」

「でも、そうなると誘拐犯が持っていたしそジュースは、その魔法使いの掟でいうに該当するのでは?」

 見事に尋ねる成行。


「その可能性は高い―」

「間違いなく違法だ!」

 見事の発言を遮り、雷鳴が言い放つ。


「ユッキー、しそジュースで怪我が治った以外の変化はないか?何でもいい。些細ささいなことでも」

 身を乗り出して尋ねてくる雷鳴。その反応に成行は答える。

「しそジュースを飲んで目が覚めて、怪我が治って、それで元気があったんです。もしかして、ロープが解けるかもって。それで力を入れたら、本当にロープが外せてしまって―」

「なら、やはりそれは魔法強化剤だ」

 雷鳴は断言した。


「ロープが解けたので、脱出を試みました。妨害はなかったので、そのまま閉じ込められていたマンションを出たんです」

「それが川崎市内だったと?」

「そうです。それで川崎競輪場を目指しました。最初、競輪場に行けば魔法使いに会えると思ったのです。でも、現地に着いて、そのときが日曜の夜とわかって、アリサさんを探したんです」


「でも、成行君はお姉ちゃんが川崎競輪にいることを知っていたの?」

 見事は成行に聞く。

「この前、初めてこの家へ来た帰り、アリサさんに駅まで送ってもらって、その車中で本人が言っていたんだ」

「お姉ちゃんたら・・・」と、呆れた様子の見事。


「まあ、アリサのことはいいとして、ユッキーが魔法強化剤を飲んだことについて考えよう。そちらの方が問題だ。ユッキー、キミが飲んだジュースを魔法強化剤として、今のキミはどういう状態にあると思う?」

 その問いに、見事がハッとした表情を見せる。そして、成行の方に視線を向けた。


「えっと?ジュースを、いや、魔法強化剤を飲んだとして、僕がどうなっているか・・・?」

 数十秒ほど考えて、成行も気づく。今、聞いた話を総合して考えれば、さして難しくない答えだろう。

「僕が魔法を使えるってことですか?」

 驚きを隠せない成行。すると、雷鳴と見事は静かに頷く。


「マジで!」と、言ってはみたが実感が湧かない。それもそのはず。何か特別な力を成行自身が感じていなかったからだ。

「僕は魔法を使えるのか・・・?」

 思わず利き手であるみぎてのひらを見つめる成行だった。


 

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