その③「大脱出」

 三度みたび、目を覚ました成行。今度はスッキリと目が覚めた。あまりにも爽快そうかいな目覚めで、疲れを全く感じない。

 それにあれほど耐え難かった顔面の痛みがない。まるで最初からケガをしていないかのような感覚だ。


 もしかしたら、ロープが解けるのでは?そんな思いが過った成行。

 考えるよりも先に身体が動く。今までに感じたことのないようなパワーが出る気がした。思わず「ちぎれろ!」と、叫んでしまった。


 その瞬間、びくともしなかったロープが気持ちいいくらい簡単に引きちぎれた。

 この結果には、成行本人が一番驚き、あっけにとられる。

 拘束が解け自由の身になった成行。引きちぎったロープを眺めながら、いま起きた奇跡に困惑を隠せない。


「これ、どんな仕組みなんだ?」

 成行はロープの縛り方に何かカラクリがあったのではないかと考えた。

「まあ、いいか。もしかして、インディー・ジョーンズや007の素質がある?」

 放言の後にロープを放り投げて、とりあえず立ち上がる。さっさとおいとましよう。長居は無用だ。


 ドアへ向かおうとした成行。だが、その足が止まる。

 彼は再び冷蔵庫に向かった。まだ、冷蔵庫にしそジュースがあるかもしれないと思ったのだ。

 そっと冷蔵庫の扉を開ける。案の定、そこには赤紫の液体が詰まった瓶が複数残っていた。瓶を数えると、まだ5本残っている。いずれも手書きで、『しそジュース』と書かれたラベルが張られている。

 誘拐されて暴行を受けた。その賠償として、ジュースを飲んでも罰は当たりまい。成行は躊躇ちゅうちょなく残った瓶に手を伸ばす。


 「いただきます」

 遠慮など全くせず、勢いよくジュースを飲む。瓶の大きさは、500ミリℓサイズのペットボトルと同じくらい。

「かあああっ!美味い!」

 よく冷えたしそジュースを真っ当な方法で飲む。こんな当たり前のことが、こんなにも幸せなのか。あっという間に、瓶1本のしそジュースを飲んでしまった。

 しかし、美味いしそジュースだ。もう1本飲めそうだ。そう思った成行は、またもしそジュースの瓶に手を伸ばす。

 ここでもう1本飲むべきかどうか迷う。迷った挙句、飲むのをやめた。思いの外、ジュースが腹に溜まったのだ。手にした瓶を丁重に冷蔵庫へと返却する。


「さっさと逃げないと・・・」

 成行はそっとドアに近づく。

 ドアに耳を当てて、外部の音を確認する。音は皆無で、人の気配もない。

 ドアノブに手をかけると、慎重すぎる位、静かにドアを開ける。


 ドアの向こうには、左右に廊下が伸びていた。

 その廊下の左手の先に、玄関らしきドアが見えた。この玄関に辿り着くまで、途中2つのドアがある。このドアの向こうに誰かいるかもしれない。

 だが、この千載一遇のチャンスを逃すべきでない。


 イチかバチか、玄関へと歩き始める成行。

 音を殺し、猫のように静かに歩く。見つかれば命がないかもしれない。だが、やるしかない。逃げるチャンスは今だ。


 心の中で、『そっと、そっと』と呟きながら成行は歩いた。さいわいなことに、2つのドアから現れることはなかった。

 静かに幸運を噛みしめる成行。

 玄関まで来たところで、今この建屋内には自分しかいないことに気づく。玄関には誰の靴もなかったのだ。誰もいなければ、このまま脱出できるだろう。

 だが、履物がない。連れ去られたのは自宅での出来事。当然のことながら靴も、スマホも、財布も、何もない。

 成行は玄関の下駄箱を開ける。すると、そこに一足のサンダルがあった。

「神展開だ・・・」

 サンダルを取り出すと、すぐさまそれを履く。素早く玄関の鍵を開けて、外へと出る。


「やっぱりか・・・」

 外へ出てみると、この閉じ込められていた場所は、どこかのマンションだった。

 周囲の景色を確認し、現在地を把握しようとする。

 辺りは暗い。すぐに夜だとわかるが、具体的な時刻と、現在地が不明。

 成行は監禁されていた部屋を離れ、階段かエレベーターがないかと探す。階段はすぐに見つかったので、一目散いちもくさんに駆けりた。


 階段を下りつつ、このマンションの様子を確かめた。しかし、あまりにも平凡なマンションたった。こんな何気ない日常と隣り合わせた場所で監禁されていたとは。

 そう思うと却って怖い気がする。


 階段をくだり終えたところで、成行はマンションを振り返る。

 追手はいない。深呼吸し、ゆっくりと歩き始める。現在地もわからず、行く当てもなく走っても仕方ない。

 マンションの周囲は住宅街で、家々の灯りが見える。まだ夜遅い時間ではないだろう。何か現在地の手掛かりがないかと注意を払いながら歩く。


「あっ・・・」

 成行は足を止める。歩き始めて3分と経たぬ間に看板地図を発見した。


「えっ?ここ、川崎?」

 看板地図から現在地が神奈川県川崎市内だと知った成行。もう一度、地図を見直して現在地の情報を得ようとする。

「川崎には知り合い、いないなぁ・・・」

 地図を隅々まで見ながら成行は呟く。知り合いや友人どころか、親戚も川崎市及び神奈川県内にはいない。


「まいった。どうするかな・・・」

 助けを求めたいが、警察を頼るわけにはいかない。

 誘拐犯の言動から、間違いなく魔法絡みでこんな目に遭った。では、このことを警察に何と説明する?『魔法使いに誘拐された』と言えばいいのか。

 常識的に考えて、そんな意味不明な言動を相手にしてもらえないだろう。それに雷鳴や見事との約束を考慮すれば、迂闊うかつに魔法の存在を話すべきでない。


「金もないし、どうやって稲城まで・・・」

 川崎駅から稲城駅まで電車を利用しても50分前後かかる。歩いて帰るのは少々厳しい。

「待てよ、ここは川崎市か・・・」

 成行は看板地図をもう一度見た。彼はあることを思い出した。


 

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