第3章 大脱出

その①「暴力を振るうのは、尋問ではない」


 ハッと目が覚めた成行。そこは全く見覚えのない部屋だった。窓も無いため、外部から灯りも入ってこない。その代わり、天井から放たれるLEDの白い灯だけが室内を隈なく照らす。


 成行は体中をロープで縛られていた。身動きができない。しかも、口をハンドタオルで縛られていて、呼吸がしづらい。これでは助けを求めることもできない。

 このような状況でも周囲は確認できる。いや、その前に自分の身に何が起きたのか。成行は己の記憶を辿たどる。


 夕飯のとき、突然やって来た警察官。何の用かと思っていたら、いきなり撃たれた。だが、ケガはしていない。縛られて苦しいが、銃撃を受けた痕跡はない。

 撃たれたと思った矢先、急に眠くなった。ならば、あれは麻酔銃だろう。今、ケガもなく縛られている状況から、そう判断できる。


 では、なぜこんなことになったのか。それが不明だ。資産家の長男坊ならいざしらず、自分は一般家庭の次男坊。こんな誘拐をされるいわれはない。

 ロープが解けないかと体に力を籠める。

 が、解けそうにない。そうさせないために、しっかり縛られている。声を出そうにも、ハンドタオルは発声を完全に妨害している。


 まいったな。お手上げだ。誘拐犯でも何でもいいから、この部屋に誰か来ないだろうか。成行は、顔を動かせる範囲で動かす。

 見渡す限り、この部屋には物が殆どない。冷たいワックス塗りの床に横たわる自分自身。部屋の片隅に置かれているのは、少し年季の入った白い小型冷蔵庫。パイプ椅子が三人分。それ以外には何もない。時計もない。テレビや新聞等、メディアに関する物もない。

 あまりにも何もないので、ここがどこなのか、今が何時何分なのかも推測できない。


 どうする?何もできない。

 焦りが心臓の鼓動とリンクするように激しくなる。だが、こんなピンチのときこそ冷静にならなければ。そう己に言い聞かせて、もう一度、周囲を確認する。


 と、つま先の向こうに、この部屋のドアが見えた。

 近づこうと思えば、近づけるかもしれない。今の状態ならば、体をゴロゴロと回転させて接近することが可能だ。しかし、ドアを開けるのは無理だろう。


 成行はガクッと頭を落とす。天井の白い灯を見つめながら周囲の音に注意を払った。この部屋、この建物の内外の音が聞こえないかと考えた。

 だが、静かだ。全く音がしない。防音構造の建物なのだろうか?あまりにも音がしないため、そう考える成行。


 不意にドアが開く音がした。成行は思わず首に力を入れてドアの方を見る。

 しかし、ドアの方を見るよりも先に、スーツ姿で目出し帽を被った二人組が視線を遮る。


 二人は横たわる成行の頭の方へと来て、その異様な姿のまま彼を見下ろしている。

 しばらく、無言で成行を見下ろす二人。目と目が合うが、二人組は何も言わない。

 ハンドタオルのせいで何も発言できない成行。せめてもの抗議の意として、体を蛇のようにくねらせる。二人組には、今の自分がどんなに滑稽こっけいに見えているのだろう。


 それを見た二人は顔を見合わせると、互いに頷く。そして、背の高い方が成行のハンドタオルを解いた。おかげで、成行は呼吸が楽になった。

 しかし、新鮮な空気を吸うために、悪党に対して悪態をつくことができない。

岩濱いわはま成行なりゆきだな?」

 背の高い方が問いかけてくる。声から察するに30代前半の男性だろう。

 成行は黙って頷く。


 背の高い男が問いかけてくる。

「キミに聞きたいことがある」

 成行は何も言わない。

 すると、もう一人の方が動こうとしたが、背の高い男はそれを制した。

「何でこんな目に遭うか心あたりはないか?例えば、のことで?」


 それを聞いた成行は、思わず体を縮めてしまう。

 何で急に魔法の話が出てくる。どういうことだ。

『魔法』というキーワードを聞いて冷静さを保てなくなる成行。追い打ちをかけるように、今度はもう一人の方が問いかけてくる。


「魔法の本、『』のことだ。知っているだろう?」

 こちらも声から察して30代くらいの男性だろう。

「それは知らない!」

 思わず答えてしまったが、確かにそれは知らない。


 魔法の本の正式名称なのか、それとも全くの別物か。判断できないが、ここ数日間、見事たちとの会話でそんな単語は出てこなかった。

 成行の反応を見た二人組は小声で何か話す。それを聞き取ろうとするが、二人は彼に背を向けて話すので聞こえない。


 背の高い方の男が、再び成行に尋ねる。

「キミは過去に本の魔法使いに出会った。間違いないな?」

 返答に迷った末、無言で頷く成行。

「素直で結構。では、その本の魔法使いは、どこの誰かな?」

「それはこっちも知りたい。でも、思い出せない。本の魔法使いのせいで、記憶を封じられているみたいなんだ」

 成行は当たり障りのない回答をする。自分のことよりも、見事、アリサや雷鳴に害が及ぶのを恐れた。答えつつも、誘拐犯に多くの情報を与えるべきでない。


 成行の回答を聞いて、再び話し合う二人組。

 背の高い方の男が成行に言う。

「キミが嘘を吐いているのか、それとも本当のことを話してくれているのか、判断しかねている」

「信じた方がいい。信じる者は救われる」

「果たしてそうかな?まあ、高校生のキミにはわからんことだが」


 成行が背の高い方と会話する間、もう一人が部屋の片隅で電話をし始めた。

 こちらに背を向けてスマホで話している。今度は普通のボリュームで会話しているので声が聞こえる。だが、困ったことに会話の内容がさっぱりわからない。全く聞き慣れない外国語で会話していたのだ。


 スマホの会話を盗み聞きしようとしていることに気づいたのか、背の高い方の男が言う。

「生憎だな。何を言っているのかさっぱりだろ?」

「アンタ達、外国人?どこの国の人?」

「キミと同じ日本人さ。待てよ?まあ、いっか。電話相手のことは知らない方がいい」


 目出し帽から成行を見る瞳は、明らかに彼を嘲っているようだった。

「キミにはもう少しここにいてもらう」

「帰りたいんだけど。まだ、夕飯も食べていないし」

「ダメだ。だが、キミが我々に協力を惜しまないなら、寿司でも、焼き肉でも用意する」

「だったら、バズーカを持ってきてよ。話すから」

「バズーカ?何をするんだ?」

「アンタのケツに撃ち込んでやる」

 そう言って成行はそっぽを向いた。


 次の瞬間、背の高い男は、成行の顔面を思いきり蹴飛ばした。

 渾身の一撃だった。蹴られた衝撃で成行の鼻が折れて、血が噴き出す。成行は気を失った。

「おい!何するんだ!マズいだろう!」

 電話していた方の男が慌てて駆け寄る。

「大丈夫さ、死んでない」

 背の高い男は右足で成行の顔を小突く。


「それよりどんな指示が出た?」

 背の高い男が相棒に尋ねる。

「ここへ来てもらう。直に尋問したいそうだ。それまでに手当した方がいい。これはマズいだろ?」

 成行の鼻血が床に広がりつつあった。


「じゃあ、お前が手当してやれ。これくらいなら対処できるだろ。クソガキ!俺はもう一回フリーキックしたい気分だ」

「わかった。イラつくな。任務を優先しよう」

 電話をしていた男はなだめるように言う。背の高い男は静かに頷くと、部屋を後にした。


「さて、止血しないとな」

 電話をしていた男はスマホを上着のポケットにしまう。

 そして、右手を口元に持ってきて、何かを念じ始めた。

 そうした上で、右手を成行の顔へ近づける。右手から白い光が発せられると、成行の鼻から滴り落ちる血が止まった。

「まったく、血を拭かないと。余計な仕事が増えたな・・・」

 電話をしていた方の男は、ぼやきながら部屋を出て行った。


 止血してもらったことで意識を取り戻す成行。が、痛みは残ったままで、声を出せない。痛くて苦しい。我ながら愚行だったと後悔している。ハリウッド映画の見過ぎだった。何かの映画の捨て台詞を真似したのが大失敗だった。


 高い授業料になった思いながら、成行は再び意識を失う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る