その③「多摩川堤防沿い」
人は生きていると思わぬことに出くわす。良いことであれ、悪いことであれ、何であれ。それが魔法使いとの出会いであれ。
そして、10年ぶりに出会った魔法使いというのが
もし、成行が彼女の秘密を知らなければ、どんな高校生活があっただろうか。人生が変わった瞬間であった。
※※※※※
昨日、帰りはアリサに駅まで送ってもらった。あの赤いシビック・タイプRで。
そして、今日は金曜日。放課後、見事と多摩川沿いの堤防へ行く約束をしている。
10年前、魔法使いの女の子と遊んだ場所だ。
今日、成行と見事は、放課後までクラスメイト同士として振舞った。いつものように、普通に、特別仲よく接するわけでもなく、お互いに放課後になるのを待つ感じだった。
そして、放課後がやってきた。
昇降口で成行は見事を待った。帰宅する者、部活へ向かう者。生徒の往来が増える時間帯。だが、成行が誰を待っているかを気にする者はいないだろう。見事を待つ間、ゲームでもしようと思い、無意識にスマホへ手が伸びる。
「成行君」
ゲームアプリが起動するよりも先に見事が声をかけてきた。すぐさまアプリを閉じて、声がした方に視線を向ける。
「待った?」と、笑顔で問いかけてくる見事。
そんなことを言われたら心がときめくが、今それは心の奥にしまっておこう。
「
「よかった。行こう」
見事が先に歩き出す。
成行と見事は、高校前のバス停へ向かう。バス停は校門を出てすぐ右側。幹線道路に面した場所にある。既に帰宅する生徒が、ちらほらと列を成していた。
ここからバスで、市内中心部に位置している京王線の駅へ向かう。高校から駅までは、この路線バスで10分で着く。
駅からバスで通う成行は、この路線を使用している。
せっかくなのだから、会話をせずに行くのは、何となく気まずい。だが、他人の目と耳がある状況では、魔法の話題を避けるのが気遣い。ならば、目的地の話をしよう。成行がそう思った矢先、見事が話し掛けてきた。
「目的地の場所は覚えている?」
「うん。それは大丈夫。夕べ、スマホで調べておいたよ」
「どのルートで向かう?」
「一旦、府中市に向かう。あとは徒歩でいいと思う」
「う~ん。何となく目的の場所が想像つきそうかな・・・」
「もしかして、静所さんも何か調べたの?」
「うん。スマホの地図アプリでね。まあ、私もこの街に住んでるから、この周辺は何となく想像できるし、府中市ならママと多摩川と府中に連れて行ってもらったことがあるから」
見事の発言に出てきた『多摩川』と『府中』は、それぞれ競艇と中央競馬のことだろう。見事に聞かずとも、それは成行にも想像できた。
「何か手掛かりでもあると、いいんだけどな」
場所は覚えていても、そこへ行けば何か記憶を呼び
路線バスは5分も待つことなくやって来た。そして、
「静所さんは家から学校まで歩いて来るの?それともこれ?」
バスの天井を指さしながら成行は見事に尋ねる。
「うん。これ。昨日はわからなかったかもしれないけど、このバスが家の近所を通るの。だから、家から南下する形で学校へ来てるわ」
「じゃあ、こうしてバスで駅まで行くのは、静所さんの家から全く逆方向へ進んでいることになるわけだ」
「そういうこと。でも、最寄りの駅に行くには、このバスを利用するしかないわ。私の家からでも三鷹や吉祥寺の駅は遠いから」
昨日、訪問した見事の自宅。三鷹市には近いかもしれないが、JR中央線の三鷹駅や吉祥寺駅までは距離があるはずだ。
見事の家を離れるとき、こっそりスマホで現在地を調べていた成行。しかし、それをあっさりとアリサに見抜かれたのは内緒にしておきたい。
バスは調布駅の北口側ロータリーへ着いた。市の中心部というべき駅前。ここは京王線の中でも、トップ5に入るくらい利用者が多い駅。駅内には2年前にストリートピアノも設置されていて、活気のあふれる場所でもある。
二人は京王線の高幡不動方面の列車に乗る。
成行の暮らす稲城市経由でも行けないことはない。だが、その場合、JRとの乗り換えが必要になる。わざわざ乗り換えがあるルートを選択する必要はない。
時刻は16時を過ぎて、駅も、列車も混雑する時間帯となる。やがて本格的な帰宅ラッシュが始まる。駅には徐々に人が
普段、府中市へ向かうときは、いつもJRを利用している成行。
成行と見事がホームへ着くと、タイミングよく高幡不動方面行きの特急が到着した。特急なら府中市に6分程で着く。
「ちょうど良かったね。これなら6分くらいで府中に着くよね?」
車内へ入り、開口一番に見事が成行へ尋ねる。
「だと思うよ。高幡不動方面の電車で府中市へ向かうのは、久しぶりだからさ。記憶がうろ覚えだけどね」
「そっか。稲城からなら、JRの方が楽だよね」
「そういうこと」
成行と見事を乗せた特急が動き出す。二人が話していた通り、特急は6分後には府中駅へ着いていた。
府中駅もまた京王電鉄内で利用客が多いことで有名。府中駅自体が綺麗な施設であり、駅周辺も美観を保つことに努めている。大手百貨店、ショッピングモール、シネマコンプレックスもあるので、平日も休日も賑やか。無論、成行や見事も、休日の買い物や遊びに来たことのある街である。
さらに、駅南側には言わずと知れた府中競馬場や多摩川競艇場もある。
「ちょっぴり久しぶりに来たな」
府中駅のホームに降り立った成行が言う。
「それって、どれ位ぶりなの?」
「10日ぶりかな?高校に入学してから、中学の同級生と映画を見ながら遊びに来た」
「そんなに久しぶりでもないんじゃないの?」
見事は笑いながら言った。
成行と見事は改札を出て、府中駅南口へ向かう。
「コミュニティバスで移動しよう。多摩川近くまで歩くのは時間が掛かるから」
「OK」
目的地の多摩倭川沿いの堤防まで、今から徒歩での移動は厳しい。コミュニティバスが運行していることを調べておいた成行は、それを利用しようと考えていた。
府中駅南口から二人を乗せたコミュニティバスは、多摩川方面に向かって南下する。これに乗れば、楽に目的地付近へ着く。また、コミュニティバスの運賃が
コミュニティバスには、成行と見事以外にも乗客がいた。小さい声で会話する高齢者夫婦。幼子を抱っこする母親。仕事帰りだろうか、
バスの窓から見えるのは、徐々に沈み行く太陽。
学校帰りに来るのは無理があったかと少し後悔する成行。現地に着いて周囲が薄暗くては意味がない。どうにか、まだ明るいうちに着くことを願うばかりだった。
府中駅を出発しておよそ15分。成行と見事は、多摩川沿いのバス停で下車した。
この時間、周囲はまだ明るい。成行の懸念は杞憂に終わった。
バス停のすぐ南側が多摩川の堤防。そこに成行の思い出の地があった。
「こっちだよ、静所さん」
手招きする成行。
10年ぶりに来たはずなのに、当時の光景が思い浮かぶ気がした。そんな劇的に景色も変わってないな。それが成行の率直な感想だった。
二人のいる場所から西の方角に橋が見える。成行は橋を指さしながら言う。
「冬の寒い時期、耳が冷えすぎて、電子レンジで温めたいと思うような日、アイシングしたシナモンロールみたいに雪化粧した富士山が見えるんだよ」
「へえ~」
「今はよく見えないけど」
「うん」
見事もその方角を見る。しかし、二人の視線の先には、富士山らしき山がぼやけながら、どうにか見える程度だった。
夕方、堤防沿いに続く歩道には、ちらほらと人通りはある。ジョギングする若い男性。柴犬とのんびり散歩する老婆。どんな話題かは定かじゃないが、大はしゃぎしながら遠くへ走り去る男子小学生の一団。まさに平和な日本を感じさせる景色がそこにはあった。
「綺麗だね」
「へっ!」
見事が
「こうしてじっくりと見てると、遠く西の彼方に沈む太陽が、何て綺麗なことかと思って」
「えっ?ああっ、そうね!そうよね!」
見事の様子が少し変な気がした。
何かあったのか。まあ、いいか。それ以上気にすることなく成行は歩き始める。
「静所さん。この堤防を下って芝生が見えるよね?ここが僕の話していた場所。う~ん。でも、少しは景色が変わったかな?」
堤防を下ると、河川敷には一面芝生が広がる。そこには遊具があったが、明らかに最近作り替えたと思わせる
遊具に向かって歩く成行と見事。
「どう?ここで合っている?」
見事は周囲をキョロキョロ見回す。
「そのはず。ブランコや滑り台は明らかに、ここ数年で更新されたものっぽいから、これだけは当時とは違うかな?でも、場所はここで正解。正解だけど・・・」
成行は周囲を見渡す。
確かに、ここで間違いない。西の方角に見える大きな橋。そこを渡って府中へと来ていた。そして、遠くに見える富士山。
この二つは自分の記憶と符合する。そっと目を瞑り昔の記憶を呼び覚まそうとする成行。そんな彼を静かに見つめる見事。
確かに、ここだ。さして上手くもないのにサッカーボールを持ってあの子に会いに来た。そうしたら、あの子の方が自分よりサッカーが上手くて少し悔しかった。
思えば、たまにしか会えなかった。頻度で言えば、月に数回くらい。毎回別れ際に、次回会う日時を二人で決めていた。
それと、あの子の使った魔法。そうだ、あの子は―――。
不意に立ち眩みがした。よろめく成行に透かさず見事が駆け寄る。
「大丈夫、成行君?」
「うん。一瞬、立ち眩みがした。けど、大丈夫・・・」
体にだるさを感じたが、それ以上の支障はない。成行はどうにか立っていられた。
やはり、あの子の魔法に関する記憶へ迫ろうとすると、体調不良を起こすようだ。
「何か思い出したの?」
心配そうな表情で問いかけてくる見事。
成行は無理にでも微笑んで答える。
「あの子の遊んだこと。サッカーをした気がする。それとあの子の魔法。でも、それは思い出せなかった。記憶に触れようとしたら、こうなったんだ」
「やっぱり条件魔法が発動しているみたいね。成行君、もう無理しなくていいから。このまま歩ける?」
「それは大丈夫。心配しないで」
成行は再び周囲を見渡した。どこかへ飛び去るカラスの鳴き声が河原に響く。遠くから鉄橋を渡る列車の駆け足が聞こえた。
成行のことを案じた見事が、今日は帰ろうと提案してきた。彼はその提案に反対の意を示さなかった。
今日のところは、ここで別れることにした。
ここからなら、成行はわざわざ府中駅に戻らずとも、近くの橋から多摩川を渡って稲城に戻れる。その方が楽なのだ。
見事が乗るコミュニティバスを待つ間、成行は思い出したことを話す。
「あの子と遊んだのは、月に数回の頻度だったと思う。会って、遊んで、次回はいつ遊ぶのか約束して帰る。そんな感じだったかな?」
「でも、肝心な魔法の部分は思い出せなかったのよね?」
「そこは残念ながら。その子のかけた魔法が原因だと思うけど、魔法を使った瞬間のシーンになると、何ていうか記憶を阻害される。いや、思い出すことを妨害されるってことかな?あの子が魔法使いであることは覚えているけど、その証拠たる魔法を思い出せない。いや、思い出させてもらえない」
「魔法に関しての記憶を思い出すことはやはり難しそうね」
「静所さんに無駄足させたかな・・・」
成行は溜息を吐く。正直な所、有益な情報を得られなかった。空振りに等しい結果だ。
「そんな。成行君が落ち込むことじゃないよ」
「やっぱり、この『条件魔法』を解除する方法が無いのかな?」
「それは難しいかも。私にはできないし、ママやお姉ちゃんでも難しいと思う」
「なら、お手上げだな」
そう言いながら、成行は接近してくるコミュニティバスに向かって手を挙げた。バスはゆっくり二人の前で立ち止まる。
「また、来週に。もしも、何か思い出せたら話すよ」
「うん。ありがとう。じゃあ、また」
コミュニティバスに乗った見事が手を振る。成行も彼女に向かって手を振った。バスは15分後には、府中駅南口へ到着するだろう。
遠くなるコミュニティバスを見送ると、成行は橋に向かって歩き始める。
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