第2章 成行の行方

その①「魔女の会議」

「見事、ユッキーに過去のことを聞いて、ああなったか?」

 メイドさん姿の金髪女性が、目の前の女子高生に尋ねる。彼女の名は、静所おとなし雷鳴らいめい。目の前にいる女子高生の母親。とはいっても、その姿かたちは、20代後半の麗しい女性だ。


「確かに学校でも、あんな風になったよ・・・」

 不安げに答える女子高生。この少女がメイドさんの娘で、名前は静所おとなし見事みごと

 今年の4月から高校生になったばかりの16歳。目の前のメイドさんの娘だと言えば、どれ位の人が信じてくれるだろうか。


「やっぱり、あれは『条件魔法』だよ」

 そう言ったのは黒髪ロングヘアの女性。容姿はメイドさんと同じくらいの年齢に見える。彼女は静所アリサ、25歳。何と彼女もまたメイドさんの娘なのだ。


 この三人に共通しているのは、『魔法使い』であること。そして、とある少年のことで話し合いをしている最中だった。


「そう断定していいだろう。だとすると、ユッキーの過去は嘘ではない」

 雷鳴はアリサと見事に言った。

「どんな条件かな?『魔法のことを言えない』とか?」

 そう言ったのは見事だ。今日、ここへクラスメイトの岩濱いわはま成行なりゆきを連れてきた張本人だ。

 過去に魔法使いに出会ったことがあるという成行。『本の魔法使い』の話を聞いて、伝説の本だと思った。その話を詳しく教えてほしい。そう思った見事は、成行を我が家に招いた。


 しかし、『本の魔法使い』の話をしようとすると、成行は意識が混濁こんだくした。これを見た三人の魔法使い。三人とも同じ結論を導き出した。

 『条件魔法が発動されている』と。『条件魔法』とは、書いて字のごとく、一定のを満たすと発動される魔法。『地雷魔法』とか、『人質魔法』とも呼ばれている。

 三人は、使が過去の話をさせないため、条件魔法をかけておいたのではないかと推測した。


 見事は気が気ではなかった。森林ゾーンで成行が体調を崩したとき、何らかの魔法が原因かと思った。だが、その時点で条件魔法の可能性には気づけなかった。今更ながら、焦りと不安が心の中に渦巻いている。


「『魔法のことを言えない』か。その可能性はあるな。しかし、わからない点もある」

 雷鳴は、成行の様子をうかがいいながら見解けんかいを話した。

「情報漏洩を防ぐという視点ならば、記憶を完全に消去するのが最も手っ取り早い。本の持ち主なら、その程度の魔法は造作もなく使えるはずだ。なのに、それをしていない。どうして条件魔法を使用した?」

「そこが謎だね。人に言われて困る話なら、記憶を消せばいい。何か、という形で条件魔法をかけられたのかな?例えば、『私のことを誰にも言わないで』とか?」

 アリサも成行を注視しながら言う。


「成行君が言うには、10年位前のことらしいから。だとすると、本の持ち主の女の子が、記憶を消さない形で条件魔法をかけた気持ちがわかるかも・・・」

 見事の言葉に目を合わす雷鳴とアリサ。

「どんな気持ちだ?見事よ」

「見事ちゃんも女の子だなあ」

 ニヤニヤしながら雷鳴とアリサは言った。


「なっ、何よ!何ていうか、わかんないの?そういう感覚が!大切な思い出を消したくないとか。そういう小さい子の感覚とか、考え方的な!わからないの?」

 しどろもどろする見事。若干、彼女の頬が赤い。


「条件魔法が発動している前提ぜんていなら、慎重になる必要がある」

「確かに。私たちには、『条件』がわからない。迂闊うかつに質問すれば、ユッキーの命取りにもなりかねない。やっぱりママでも難しいの?条件魔法の『条件』を探ることは」

 ここは非常に重要なポイントだ。条件魔法の『条件』は、場合によっては人の命に関わるケースがある。わかり易い代表的な例として、『秘密を口外したら死ぬ』という条件だ。


「それは正直、難しい。私でもな。条件によっては、『他者がを探知しようとした時点で、条件がかけられた者が死ぬ』という条件になっている可能性もある。条件魔法が『地雷魔法』とか、『人質魔法』とも呼ばれる所以だな」

「ここにきて厄介ね」

 腕を組むアリサ。


 雷鳴もアリサも難しそうな表情をしているが、見事はそんな二人に向かって言う。

「でも、私は大丈夫じゃないかなって思う。根拠はないけど、そんな気がする。仮に凄い魔法が使えるなら、知られたくない記憶だけ思い出せなくして、あとは残しておいたのかも」

「何でそんな風に思う?」

「やっぱり、そんな簡単に思い出は消せないよ。だって、そうでしょう?」

 雷鳴の問いに反論する見事。

「へえ。見事ちゃんって、意外にロマンチスト?恋する女の子的な?」

 何か嬉しそうな表情で言うアリサ。


「何でそうなるのよ!私は、あくまで一般論的な話をしてるの!」

 顔を赤くし、声を荒らげる見事。それをなだめる雷鳴。

「では、見事の仮説が正しかったとして、どうやって本の魔法使いの記憶を探り出すかだな。何か妙案でもあるか?」

「それは・・・」

 母の問いかけに答えの出ない見事。少し考えてこう言った。


「じゃあ、あまり核心に迫らない形で聞いてみるとかは?例えば、その子と、どこで遊んだとか?魔法のことを調べるのではなくて、もっと違う形で、過去の記憶にアプローチしてみれば?」

「うむ・・・」

 見事のアイディアを聞いて考える雷鳴。


「それなら、少しでも情報が得られるかもしれない。具体的なことを聞き出せなくしている可能性はあるが、個々の記憶、つまり、『どこで遊んだ?』などの記憶までは封じられていないかもしれない。アリサ、アイディアはあるか?」

 意見を求められたアリサはすぐに答える。

「それしかないかな。見事ちゃんの仮説にかけるしかない」

 アリサはソファーに座る成行を見る。眠たそうな顔で静かに座ったままだ。


 そんな成行を心配そうに見つめる見事。それに気づいたアリサが見事に言う。

「見事ちゃん、そんな心配しなくてもいいと思うよ。本の魔法使いが、見事ちゃんみたいなロマンチストなら、ユッキーの命を奪うような条件を課していないと思う。それに、『魔法のことを喋ったら死ぬ』という条件なら、ユッキー自身がそれを知っていないとおかしいはずだし」

「確かに。それは一理ある」雷鳴は透かさず言った。


「『何かをしたら、死ぬ』という条件の場合、かけられた相手の言動を制限するのが目的だからな。つまり、この場合で言うなら、ユッキーが条件を知っていて、彼自身が、おのれの言動にセーブをかけるよう仕向けないと意味がない。本当に不都合なことなら、記憶を消して、それでおしまいの方が圧倒的に楽だ。わざわざ条件魔法をかける方が回りくどい」

 母と姉の話を黙って聞く見事。彼女の視線の先には、クラスメイトの男子がいる。


「ママ、お姉ちゃん」

 何かを決心したような表情をしている見事。

「質問の仕方を考えてみる」

「そうしよう。では、アリサも質問の内容を考えてやってくれ」

「わかった。見事ちゃん、お姉ちゃんも頑張るよ!」

「うん!」


 見事は母と姉の言葉で少しだけ安心できた。もし、本当に命に関わる条件が、成行に課されていたらどうしようかと、真剣に悩んでいたからだ。

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