ホームズ・ネネ

東雲もなか

第1話 学園の事件

 人混みの中、学校の廊下を駆ける影が2つ。


 先頭で、鹿撃ち帽にチェックのマントを身につけている、キテレツな格好の少女が1年生のホームズ・ネネ。


 彼のシャーロック・ホームズを高祖父に持つ、正真正銘の名探偵の末裔。


 後ろから追いかけるのが私、同じく1年のワトスン・陣。


 そう、シャーロック・ホームズの相棒として名高い、ジョン・H・ワトスンの玄孫にあたる。


 私たちがこうして走っている理由は、遡ること数分前……



 勢いよく開け放たれる教室の扉。


 その様子から扉を開けた人物の焦りが垣間見える。


 ネネは、さっきまでしゃぶっていたチュッパチャプスから口を離すと言った。


「何か事件の依頼?それならこの私、名探偵ホームズ・ネネが解決してあげよう!」



 説明が遅れたが、ここは探偵部の部室。


 ネネは探偵事務所と言い張り、ホームズ探偵事務所と勝手に張り紙までしている。


 そこから分かるように、ここに来たと言うことは、依頼しに来たと考えるのが妥当なところだろう。


 つまりネネが言っていることも全くの的外れではない。


 一方で先ほど入ってきた人物を見る。


 大人し目な印象を受ける女子生徒。


 学年はネクタイの色から察するに2年生だろう。


 彼女は緊張した様子で何か言いたそうにタイミングを伺っていた。


「どうかされましたか?」


 私は彼女が少しでも話を切り出しやすいようにと、会話の取っ掛かりを作る。


 すると、それを待っていたかのように彼女は話し出した。


「私は、2年2組の貝塚海です。その、お二人にお願いしたいことg」


「任せて!!」


 食い気味で引き受けるネネ。


 私としては面倒ごとに首を突っ込みたくはないが、彼女はいつもこうなので流石になれた。


 私がため息を1つつけば、貝塚さんはそれを見て苦笑いを浮かべる。


 もしかしたら、ネネの噂をどこかで聞いていたのかもしれない。


「よろしければ詳しい内容をお聞かせ願えますか?」


「はい、実は・・・」




 時を戻して、今は2年2組の教室に来ていた。


 話を簡潔にまとめると、校内、それも2年2組の教室で人身事故が起こったと言う。


 事は急を要するし、言葉で説明をするよりも実際に現場を見た方が良いとの貝塚さんの判断で、教室に向かったのだ。


 教室の外には噂を聞きつけたギャラリーが、複数。


 教室内には、クラスの生徒が半分くらい待機していた。


 案内された先にいたのは、倒れたベニヤ板に横たわる人が一人。


 全校集会が終わって戻ってきた8時31分。


 その頃には、すでにこの状態だったという。


 野次馬に隣のクラスもいたので、話を聞いてみると戻ってきたのはこの時間で間違えなさそうだ。


 集会の時外に出ていく人はいなかったので、チャイムがなった30分からの1分間で起きた事故ということになる。


 頭は赤い血のような液体が付いており、それがベニヤ板にまで染み込んでいた。


 この惨状を見たネネは第一声、


「犯人はこの中にいます!」


 場は静まり返る。


 言葉の真意を探ろうとする者も居れば、あまりにも突然のことにただ呆然としている者も居てさまざま。


「お騒がせしてすみません。こいつ、適当なことを言っているだけです、きっと」


「適当じゃないもん」


「良いから」と無理やり彼女を黙らせる。


「大体、このクラスだけでも何人いると思っているのですか」


 現在ここに居る人だけでも二十名程度。


 まさかその人全てが犯人と言うわけでもないだろう。


 そもそも今のところ見解は事故として見ているのだ。


 犯人がいるかどうかですら定かではない。


 ネネは論され、唇を尖らせていた。


 だが、一旦は事件性を否定したが、まだ断定はできない。


 その為さらに情報が欲しかった。


 被害者をもっと詳しく観察してみる。


 ベニヤ板の血痕の位置から見るに、これがぶつかった事が原因で死亡したと考えられる。


 いや、待てよ。


「すみません、質問よろしいでしょうか?」


 依頼者である貝塚さんを見る。


 彼女が少し戸惑った様子でいると、それを見かねてクラスの代表者らしき男子生徒が代わりに話し出した。


「じゃあ俺が。答えられる事なら何でも聞いてね」


 彼は運動部特有の明るい笑顔で笑いかけてくる。


「この現場は、事故発生から一切、手が加えられて無いと考えて良いのですよね」


「ああ、そうだよ」


 少しの迷いもなく言い切る。


 そこまで言い切られてしまうと、逆に怪しく感じてしまうが、ここは素直に受け入れておこう。


 そしてここから分かったことが1つ。


「これは、事故なんかじゃありません。殺人です」


 教室の外からはどよめきが聞こえてくる。


「ほら、あたし言ったでしょ。ね?」


「少し黙っていてくださいね」


 ネネの口に飴玉を押し込む。


「それはどうしてか聞いても良いかい?」


 先ほど質問に答えてくれた先輩が、今度は逆に質問してくる。


「はい。まず、事故で死ぬことはありえないと思います」


「でも、現に事故が起きてるじゃないか」


「では仮に、事故だったとしましょう。怪我の状態から見るに、死因はおそらく頭の強打。では何故ベニヤ板の下では無く上に倒れているのでしょうか?」


 ついでに周りには躓きそうな物なども置いておらず、転んだ線も考えがたいことを付け加えておく。


「なるほど……」


 彼には納得して頂けたようだ。


 それにしても、まだ謎を解くヒントは足りない。


 何かさらなる手がかりが無いかを探すべく模索する。


「取り敢えずこう言う時は聞き込みが必要よね」


 飴玉を食べ終わったネネが騒ぎ出す。


 言っていること自体は正しいので今回はこのままにしておくことにした。


「まずは自己紹介かな?私は1年1組、ホームズ・ネネ。趣味は推理小説を読むことと、殺人事件のニュースを見ること」


 彼女の不謹慎な発言に場の空気は微妙になるが、彼女は気にしないらしい。


 それどころか私にまで、自己紹介をするように押し付けてくる。


「えーっと、私の名前はワトスン・陣。学年はネネと同じ1年1組です」


 簡潔に済ませようと思ったらネネが「趣味は?」と聞いてくる。


「……趣味は、趣味?何でしょうか趣味は」


 じっくりと思考する。


 しかし、それもネネに邪魔をされてしまった。


「良いじゃん何でも。あ、ほらいっつも詰将棋の本見てるでしょ。あれで良いじゃん」


 確かに暇なときは良く詰将棋を解いている。


「でもあれは、単なる暇つぶしであって趣味かと言われると……」


「あたしから言っておいて何だけどそれで良いじゃん。だれもそこまで正確に答えなんて求めてないって」


 ネネに言われると、気に障る。


「良くありません。回答は正確にしないと、小さな間違いが大きな誤算を招くのです。それで、思い出したのですが、私の趣味はアマチュア無線です」


「そ、そうだったんだね」


 代表者の男子生徒が苦笑いを浮かべている。


 何がまずかったのだろうかと考えたが、見当もつかない。


「じゃっ、俺も」


 名乗り出たのは、代表者の男子生徒。


 なんとなく初めに率先して自己紹介したがるのはこいつ……、この人だと思っていた。


 仲良くできそうな人種ではない。


「俺の名前は新妻剣。えっと、趣味というか部活で野球をやってる。野球は好きかな?」


「いいえ、それほど」


「あ、知ってる好きだよ。あの脱いで行くやつでしょ」


 ネネ、お前が知ってるのは野球拳だ……


 だから黙っていろ。


 心のなかでそう言って、2個目の飴を口に突っ込む。


「はむっ」


 視線を新妻先輩の隣に向ける。


 そこに居た生徒と目が合う。


 クールそうな印象の女子生徒。


 文芸部にでも入っていそうな雰囲気が出ている。


「なに……?あ、私の自己紹介か」


 声を聞いても想像していた通りの感情が乗っていないようなミステリアスな声。


「私の名前は、宮崎麗。趣味は部活。部活は陸上部をやっている」


 バリバリ運動部でした。


「あのあのっ、私は九重(ここのえ)桃でしゅ」


 元々緊張してか、赤かった顔が最後に噛んだ事によって更に染まる。


 桃は桃でも、すもも見たいだ。


「かんじゃったぁ……。そのその、部活は、美術部です」


「ああぁ!!」


 突然大声を上げたのは、ネネだった。


 飴玉を食べ終わるのがやけに早いが、噛んでいるのかも知れない。


「そんな大声を上げてどうしたのですか?」


「これ見てよワトスン君。ほら」


 ネネは死体の頭部付近の血を指でなぞってこっちに向けてくる。


「何やってるんですか!」


「そんなに怒んないでよ。ほらこれ、絵の具だよ。あの独特の匂いがする」


 例え絵の具だったとしても、躊躇なく指で拭うのはどうかと思う。


 でも確かに、よく見てみれば血と言うには綺麗な赤色をしている。


 出血してすぐならまだしも、ここに来て多少時間が立っていて尚その色をしているのは不審だったのかも知れない。


「あとさ、桃さんなんで指に赤い絵の具付いてるの?」


「ひょぇ⁉こ、これは、あのあの、えーとえっと……」


 九重先輩は自分が疑われていると思ったのか焦りだす。


 こんな状況ならば例え無実だったとしても、動揺してしまうのは無理もないだろう。


「確たる証拠もないのに決めつけたらダメですよ、ネネ」


「えー、でも、だってー」


「疑わしいだけでは罪にはならないのですよ」


「わかってるよ、そんくらい……」


 ネネを叱っては見たものの、自分自身、怪しくないと思わなかったわけではない。


 試しに、ネネと同じように指でなぞってみる。


 伝わってくるのは、ベトッとしたペースト状の感触。


 確かに絵の具。


 でもだからといって、それ自体に不審なところは見当たらない。


 血糊の代わりに使ったのだろうし、それほど問題でもない。


「???」


 これは?


 ベニヤ板の縁についた黒い塗料。


 上面は生乾きの黒い絵の具が塗ってあるが、その色とは微妙に違う。


 くすんだ赤のような……


「これって裏返せますか?」


「ああ、構わないよ!」


 答えてくれたのはやっぱり新妻先輩。


「でもどうしよう。死体だから動かすのは……」


 おどおどした様子の九重先輩。


「どうせ死んでるんでしょ(笑)なら……」


 半笑いで話しているのは、新登場の女子生徒。


 髪を金髪に染、制服も着崩している。


 見るからにヤンキーな人だ。


 そして言い終わるなり床の被害者を蹴飛ばしていた。


 死んでいるはずなのに、まるで衝撃を和らげるかのように転がっていく被害者を見ると思わず笑ってしまいそうになる。


 飛んでいった死体にかまっていても仕方がないので、気になっていたベニヤ板を裏返す。


 私は息を飲む。


 否、驚いて、呼吸すら忘れてしまった。


 裏側には、さっきの赤黒い塗料が一面に広がっているのだ。


 まさかと思って、匂いを嗅いでみると微かな鉄の匂い。


「これは、血……ですね」


「え!血!!」


 1人嬉しそうなのはネネ。


 しかしそれも少しの間。


「え?でもおかしくない?」


 さっきまでの危機とした表情はどこへやら。


 今は血がついていることが納得いかないみたいだった。


「曲がりなりにも殺人現場ということなのだから、おかしくは無いと思いますが」


「いやいや、おかしいよ、やっぱり。だって、そもそもベニヤに潰されたくらいじゃ死なないし」


「そのくらいわかってますよ。だいたい、すでに自殺の線は薄いと推理したでは無いですか」


 ??……じゃあなんで、両方に血が付いてるんだ?


「ね?おかしいでしょ?」


 これは担当者のミスなのか?


 周りを見渡してみるが、この件に動揺している人は見受けられない。


「うーん、考えたけどやっぱわかんないや」


 ネネが、音を上げる。


 そんなに時間が立ってないのに、全く辛抱が足りない。


「あたし、ジュース買ってくるっ」


「あっ、ちょ……」


 止めようと思ったが、居たら居たで邪魔なので途中でやめた。


 まあ、呼び止めたところで止まるような人では無いが。


 それはそうと、犯人はなんでこんな手間なことをしたんだ。


 順当に考えれば、ベニヤ板の上で頭部を殴打して殺害した後、一旦死体をどかしてベニヤ板を裏返してまた上に載せたことになる。


 なんでそんなに面倒くさいことをしたんだろうか。


「行き詰まっているようだね」


 私が悩んでいることが嬉しそうに言う新妻先輩。


 なんかもうこいつが犯人で良いんじゃないかと思うも、寸でのところで冷静さを保つ。


 そんな適当に、人を犯人と決めつけてはいけない。


 さっきネネに言ったばかりなのに自分が忘れていた。


 疑うことは大切でも、固定概念化してしまうのは探偵あらざる行為だ。


「そう言えば思いついたんだが、隣のクラスでこいつのこと嫌いって言ってたやつが居たんだよ」


「え?」


 そうか、犯人はこのクラスに居るって決まってるわけでは無いんだもんな。


 なら、もっと候補を挙げないと。


 でも、情報すらまとまって無い状況で千人近い中から真犯人を見つけることができるのか?


「すみません。少し考える時間を貰っても良いですか?」


「構わないよ。でも、なるべく早くしてね。なにせ人が死んでいるんだ」



 一旦、情報を整理しよう。


 犯人は何故、わざわざ手間を掛けてベニヤ板の上に移動させたんだ?


 それに、裏面に黒い塗料まで塗って。


 血を隠す為?


 いいや、それなら下面の血が説明つかない。


「凶器は見つかって無いのですよね?」


「ああ、一応クラスのみんなを対象に持ち物検査したけど見つからなかったよ」


「隠せそうな場所も……ないか」


 だからと言って、ベニアで殺害するのも厳しいだろう。


 いくら持つと重いベニアだとしても、倒して撲殺するには軽すぎる。


 角をぶつけるにしても、構えているうちに逃げられて終わりだろう。


 そもそも血痕は、表面に付いていたのだ。


 なら、殺害するときに敷いていただけ?


 違う、だから、それは凶器が無いから出来ないってさっき考えたばかりだ。


 思考はそれ以上、進まずループする。


 目を閉じて、いよいよ本腰を入れて推理しないと解けそうに無いと思い始めた時、


「わっ」


 首に冷たいものがあたって、驚きの声を上げた。


「悩んでるみたいですな〜ワトスン君」


 その正体はネネ。


 ジュースを買って帰ってきた様子。


 律儀に私の分まで買ってきてくれた。


「そうそう、すごいことに気づいたんだよ」


 腕を組み、胸を張っている。


「発表します!この学校の廊下には時空のゆがみが有るんです!」


「……は?」


 さっぱり意味がわからない。


 周りギャラリーも、ポカーンとしている。


「はっはっはー、何を言ってるんだ?」


 新妻先輩は笑っていた。


「いや、まあ、それは冗談だけど。体育館の時計が5分進んでたんだよ。あれ自動合わせなのに、ふしぎだな〜って」


 ここから一番近い体育館の自販機に行ってきたのだろう。


 だが、そんなことはどうでも良かった。


「時間がずれてた?……ふふっ、なるほど」


 そう、意味不明だった行動の謎が解けたのだから。


「犯人がわかりましたよ。2年2組の先輩方」


「へー、聞かせてもらおうか。ゆっとくけど当てずっぽうはダメだよ」


「はい。あと、その前に一つ。新妻先輩はどうして時計をしていないのに時間がわかったのですか?」


「え?それは、壁に掛かってる時計見たからだけど……」


 なんでも無い事のように答える。


「では、普段は腕時計してらっしゃるのにこういう時にしていないなんて、偶然ですね」


「あ、いや……、そう言えば誰かから時間、聞いたんだったかも知れない」


 しかし私の意図に気づいたのか、動揺を見せた。


 また、いつもは腕時計をしているということに関して否定もしていない。


「普通なら時計をしてない言い訳しそうなものですが?まあ、いいです。それにしても、クラス皆が時計を忘れるなんて、こんな偶然があるものですね」


「うちのクラスは、俺意外、時計つけてる人いないよ……」


「知ってましたか?人間嘘をついたとしても行動まで偽るのは至難の技なんですよ。現に偶然性を否定するなら、さっきの言葉は首を左右に振りながら発するはず。でもどうです?あなたは頷きながら話した。それプラス、声のトーン、視線、手の動き。私をごまかせるとでも思いましたか?」


 すでに、各員の腕の日焼けあとでだれがいつも腕時計をつけているか確認済み。


 ここまでしたのは、念には念をと言うやつだ。


「でも、たかだか数分時間が出来ただけじゃないか」


「その数分で十分なんですよ」


「だって、ほら……こんなに時間がかかりそうなことしてるのに、数分じゃ足りないんじゃないかな?もたもたしてると、帰ってきちゃうし……」


 今度は九重先輩だった。


「良いんですよ、帰ってきて」


「え?」


 彼女はの声には少しの焦りが見えた。


「犯人はこの中にいます!」


「あ、それ私が言いたかったのに〜」


 いつの間にか飴が全部なくなっていたので、そのまま無視する。


 教室に人が戻ってくるまでの数分で、殺害出来た犯人。


 それは……


「犯人は、2年2組の全生徒です!」


「…………面白い冗談だね」


 新妻先輩が少し楽しそうなのは気の所為だろうか。


 まあ良い。


「被害者は、おそらく死んだ際、ベニヤ板の下敷きの状態でした。ベニヤ板に塗られた塗料は半乾きで、後で見ると被害者にもついていました。これは、塗装した後に引きずって載せたからでしょう。これを実行する為の正確な時間はわかりませんが、少なくともチャイムがなって急いで教室に戻ってきても、皆が帰ってくる前に犯行に及ぶことは不可能でしょう。1人で殺った場合は」


 そう、1人なら無理なだけで全員なら?


「クラス全員が加担していたら、それは捗ったことでしょうね。人数の多さが幸いして、外からは見えにくかったことでしょうし」


 2年2組のクラスメイトは沈黙する。


「正解だよ。さすがだな!」


 人を殺した人が絶対にしないピュアな笑顔を見せ、嬉しそうに拍手をする新妻先輩。


 喝采は、クラス、そして教室の外でことの成り行きを見守っていたギャラリーにまで及ぶ。


「頑張って、文化祭の準備したかいがあったよ」


 そう、この事件は全て文化祭の出し物だ。


 まあ、私だけが推理して居るのでは退屈するだろ?


 つまり、粋なはからいというやつだ。


「分からなかったことがあるんですけど、聞いても良いですか?」


 情報を集めていく中で1つだけわからないことがあったのだ。


「おう!何だ?」


 1つでも迷わせることが出来て満足という顔をしている。


「どうしても時間を変更したタイミングが分からなくて」


 チャイムがなった時、時間は狂っていなかった。


 しっかりと、30分を指していたのだ。


 しかしそれだと、辻褄が合わなくなる。


 チャイムがなってからずらしたとしても、成立しなくなるからだ。


 でも、チャイムと時間があっていた以上、それ以前に狂っていたとも考えにくい。


「そのことか。それならうちの放送部員がちょちょっとやってくれたよ。チャイムの時間をずらせば時計が予めずれていることには気づきにくいからね。なんだか、先生の許可取るのが大変だったらしいけど」


 なるほど。


 そうすれば、気づかなかったのも頷ける。


 時計は初めから狂っていたのだ。


「いやーでも、いつから真相に気づいてた?まさかさっき思いついたってわけでも無いでしょ」


 このトリックを考えた人というだけあって、さすが目ざとい。


 確かに、予想はしていた。


 でも、それは可能性として思考しただけで、確信していた訳ではない。


 ただ、言えることは、


「割と初めの方には……」


「いやー、参っちゃうね。1ヶ月ずっと考えてたのがこうもあっさり解かれちゃうとは」


 私は、恥ずかしそうに頭を掻く新山先輩に手をのばす。


「そんなこと無いですよ。良い事件でした。っていうのもおかしいですかね(笑)」


「いいや、こっちこそ」


 先輩が差し出された手をにぎると。


 初めより大きな拍手がさっきよりも長く大きく鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホームズ・ネネ 東雲もなか @monaka-shinonome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ