完全版99 龍の卵 ー時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるー

「……どうかした?」

 銃の用意をしながら、信仁しんじがあたしに聞いた。

「何でもない……ただ、ここ、懐かしいなって」

「……そうだな」

 教室棟の屋上から、あたしは深夜の校庭を見下ろしていた。

あねさんの木刀捌き、最初に見たのもここだったっけ」

 蕎麦殻そばがらのクッションを屋上の端の擁壁の上に置きながら、信仁が言う。

「……やっぱ、全部見てたんだ」

 ため息交じりに、あたしは言う。あの時以来の、十年来の疑問がやっと解決した。

「見てましたとも。言っとくけど、俺、二日前にも室外機の上あそこに居たんだぜ?やっぱ気が付いてなかったんだ?」

「……だからあんたは怖いのよ……」

 銃に身を伏せるようにして調整している信仁の、その背中に抱きつくようにして、あたしは言った。

 今のあたしは、知っている。コイツの、信仁の怖いところは、射撃能力でも、運転能力でも、機械いじりの能力でもない……どれも十分怖いけど。本当に怖いのは、一度隠れると、無意識に全くその気配を消してしまうところ。あたしですら、よほど近付いて匂いを嗅がないとわからないほどに、何度もそれでびっくりさせられたほどに。

「……来たぜ」

 銃に伏せたままの信仁が、呟く。

「……うん、来たね」

 抱きついたまま、あたしも、答える。

 学校の周囲の空間は、既にかじかが閉じている。その上で、今、かおるが奴を校庭に追い込んでいる。

 奴がこっちに逃げたのは、単なる偶然。ただ、奴がこっちに向かってると気付いたとき、だったら学校ここに追い込めって言ったのは、あたし。ここなら、手に取るように勝手を知っているから。

 あたしの役目は、妹達が追い込んだ奴を、目の前を塞いで動きを停め、その硬い殻に斬り付けて穴を穿つ事。そこを信仁が撃ち抜いて、奴を仕留める、そういう手はず。

「……よし、さっさと片づけて、家帰ってメシ食って風呂浴びて寝ようぜ」

「そうね、うん、さっさと片づけちまおうか」

 言って、あたしは今一度、信仁の背中を強く抱きしめ、その髪に顔を埋める。男臭い匂いが、強く香る。

 そのあたしの腰を、左手を後ろに回して、信仁が軽く叩く。二度、ぽんぽんと。

「……うん」

 答えて、身を離したあたしは擁壁の上に立ち、木刀ゆぐどらしるを抜く。左薬指の銀のリングが柄にあたるその感触は、まだ慣れない。

 一呼吸して、下腹に力を込める、封を緩める。

 耳が、尾が、伸びる。

 そして、耳の側の、アレも。

「……身重なんだ、無理すんなよ」

 銃の座りを確かめつつ、信仁が、振り向かずに、言う。

「うん、大丈夫……じゃ」

 言って、あたしは三階建ての屋上から、跳んだ。

 絶対の信頼を置く男に、自分の背中を任せて。

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時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるの巻 二式大型七面鳥 @s-turkey

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