完全版08 龍の卵 ー時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるー
木刀の件は、結局のところ、盛大に動揺しまくったあたしは、
「手品よ手品!タネ明かしなんて絶対しないから!」
と強弁してその場を力業で乗り切った。
いやだって。あたしの腕の中に吸い込んで、体と一体化してます、なんて言える?いや実際の所、どうなってるのかあたしもよくわかってないんだけど。
それっきり、信仁はその事は聞いてこなかった。あたしが聞かれたくない話題だと踏んで、空気を読んだのかも知れない。
そう思ったのは、
うちの学校の寮は、学校と電車で一駅分離れている。歩けば三十分弱、電車だと徒歩含め十五分ほど。朝練のある部活だと、自転車通学してる生徒も多い。
その中であたしは、他の生徒にまぎれて徒歩で登下校する事を選んだ。万一の時に公共交通の中で騒ぎを起こしたくないのと、こいつらと少し話しをしてみたかった、というのもある。
そうやって、毎日とりとめもないことを話しながら歩いていたら、この二人、最初の印象とずいぶん違う奴らだって事も分かった。むしろ、二人とも本当はかなりの人見知りなんじゃないかって、寿三郎が口が悪いのも、信仁が調子がいいのも、本当の自分を見せないための無意識のカモフラージュなんじゃないかって、あたしはそう思った。
そう思ったのは、あたし自身も強面を演じてる部分があるから、共感する部分があったのかもしれない。
「教職員側からも、実害も無いし警察沙汰にもなっていないし、内容から言っても何らかの処分に相当する案件ではない、との返答を貰った」
金曜の放課後、生徒会役員室。
「とはいえ、今後はそういった危険な行為は自重するように、というのが教職員からの注文だ。両名とも、いいね?」
甲子園が、信仁と寿三郎に念を押し、
「は、了解であります」
「了解した」
それぞれなりに、丁重に返事する。
これで、学校側としては、この二人に対し、今の注意以上の処分はなしが確定した事になる。だが。
「でも、あの連中の件が片づいたわけじゃあ、ないわよね」
あたしは、壁にもたれつつ、呟く。甲子園も頷いて、
「そうだ。だが、こちらから出来る事はない。警察に付近の警戒をお願いする手もあるが、その場合には、警察に対して事の次第を明らかにしないといけない。教職員側としても、事が外部に出るのは避けたいとの判断だろう」
学校ってのは、閉鎖空間だ。よほどのことでない限り、良くも悪くも、情報は外に出ない。そして、学校ってのは、外聞って奴を神経質なくらい気にする。
「致し方なしだね……もうしばらく、警戒し続けるしかないか」
ため息交じりに、あたしもそう認める。
「気にいらねーな。いっそ潰しちまえりゃあ……」
「物騒だな、ま、俺もそうは思うけどな」
本当に物騒なことを、寿三郎と信仁が呟く。
「あんた達ね、一介の高校生が、んな事出来るわけないでしょうが」
本音としては同意なんだけど、立場上、あたしはそう二人を
「そりゃそーだ、一介の高校生にゃ、ヤー様の相手なんざ手に余る、か?」
「まあ、当然だな」
信仁が軽く答え、寿三郎が同意する。その二人の軽さ、素直さに、あたしは、逆に、そこはかとなく不安を覚えた。
――あの二人、あたしに隠れてなんかコソコソ始めたから――
あたしは、
生徒会役員室での話し合いが終わり、下校の途上。あたしは、ずっと引っかかってたことを口にした。
「……あのさ、こないだの事なんだけど。悪かったね、ひっぱたいちまって」
あたしは、信仁に詫びた。詫びておかないと、気が済まなかった、すっきりしなかったから。
「あ、ああ、いーえいえ、むしろこっちの業界ではご褒美ですから。本当にどうもありがとうございました」
満面の笑みで、信仁は返した。
「……はい?」
予想外の返事に、あたしは虚を突かれる。
「ったく、この変態野郎が」
寿三郎が呟き、信仁に向かって、言う。
「なんでオメーはこの先輩さんに、そんなに懐いてやがんだ?このご時世だ、男尊女卑を言うつもりはねぇ。この先輩さんが大したタマだってのもよくわかった。だがよ」
寿三郎は徐々に語気を強め、最後は吐き捨てるように言った。
「何でオメーみてーなのが、誰かの尻に敷かれてやがんだよ!」
あ。そういう事か。あたしは、寿三郎って人間の一部が見えた気がして、ちょっと驚き、そしてちょっと胸に来るものがあった。
「わかってねーな」
だけど。それに対する信仁の返しは、あたしの想像の斜め上だった。
「あのな。姐さんの尻ってのはな、こぉーんなに気持ちいいんだぞ」
「ぅにゃあああああっ!」
突然、あたしは尻を鷲掴みにされて、悲鳴とも何とも言えない変な声を出してしまった。
「何すんだこのスケベ!」
瞬時に振り向いたあたしは、全力の右ストレートをそこにあった信仁の笑顔に叩き込む。
肩で息をしているあたしから信仁に視線を移しつつ、寿三郎が、信仁に、聞いた。
「……これも、ご褒美か?」
歩道のアスファルトに突っ伏した瀕死の信仁が、サムズアップで答えた。
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