三題噺 トレーニング
池堂
#1 雷、約束、番小屋
30年。
約束を果たす為に費やした時間である。わたしは40代の半ばになっていた。失ったのは若さと情熱。得たものは声明と義務だった。
変わらないものもあった。わたしが今いる番小屋である。本来であれば望む建物を建てさせることもできる立場であったが、わたしは頑なにこの田舎町の外れにある番小屋を離れなかった。この小屋だけが、わたしがあの時決意をしたわたしと同一人物であることを証明していた。
レバーに手を掛ける。あとは押し込むだけだ。
待ち侘びたはずの瞬間を目前にし、ここまで来たきっかけを思い出そうとしていた。
そう、あれは確かに恋だった。当時わたしはまだどこにでもいる子供で、ただちょっとだけ科学の知識が豊富だった。そして似た子供が良くやるように自分の知識を披露することで気になる女子の気を惹こうとしていた。
今わたしが立っている、まさにこの番小屋で雷の音を聞きながら2人で雨宿りをしている時だった。
雷に関する知識を得意げに語るわたしに今となっては名前すら思い出せない彼女はこう言ったのだ。
「そんなに凄いものが自由に使えたらいいのに」
わたしは何を勘違いしたのか、物理学と気象学の道に進み雷のことだけを研究し続けた。
いつしか政府に注目されるようになり軍の為に研究を行うようになった。
そうして30年経った。その間にわたしの情熱に火をつけた彼女の結婚式の招待状も届いていた気がする。
そして今日、完成した。任意の場所に雷を落とす技術。これがあれば事故に見せかけた暗殺や破壊工作の難易度や障壁は大きく下がるだろう。
そうして下がった心理障壁は次の行動をも容易にする。そして取り返しがつかないことになりかねない。わたしがちょっとした会話からここまで来てしまったように。
わたしは、自らの手で終止符を打たなければならない。全ての研究資料はこの小屋ある。
レバーを押し込んだ。自然の神秘であり、わたしが半生を懸けて惚れ込んだ雷の猛威が小屋を襲い、全てを消し去った。
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