第7話.冒険者ギルド

 神様は話すと同時に動いて、俺の視線を誘導してくる。そして神様が止まったその場所には、堂々と佇む大きな煉瓦造りの建物。ギルドのシンボルなのか剣が盾と交差しているようなマークが入口の上に装飾されている冒険者ギルドが俺を待ち構えていたのであった。


「……意外とシンプルだな」

「こんなもんさギルドってのは。区別を付けるのはシンボルだけと思ってくれてもいいくらいだからな」

「……手抜き?」

「時間を掛けないために無駄を省いただけだ」


 らしい。どう見ても面倒臭くて使いまわした感が凄いが、神様がそう言うんだからそうなんだろう。

 それでも実際にこの目で見てみると、特にこれといった違和感は感じないもんだ。なんというか、街に溶け込んでいる感じがする。


「ほら、早く入るぞ」

「あ、あぁ」


 人混みを華麗に避けて進む神様に、俺もかき分ける様にしてなんとか付いていく。

 入り口には扉が設置されていなかった。その為外から中の様子が丸見えになっている。


「なんで扉ないんだ?」

「緊急時にすぐ外に出られるようだ。冒険者って言っても皆がみんな英雄みたいな性格をしてる訳じゃない。揉め事や殴り合いが起きたらすぐに外に避難できないだろ?」


 出入り口兼非常口って事か。確かに魔法とか存在するこの世界なら扉を固定されて外に出られなくなったりしそうだし、扉が無いのも頷ける。


「ほら、分かったなら早く入れ。先にある受付けに『冒険者になりたい』って言ったら手続きをしてくれる筈だ」


 俺は言われるがままギルドに入り、前方にある受付を目指す。


 中は思ったよりも落ち着いた雰囲気だった。1階と2階で分かれていて、1階には大きなクエストボードみたいなやつが置かれている。その他にも円形のテーブルだとかで休憩スペースもある。

 2階はまだ見てないが、下から見る感じだと飲食店か何かだろうか。香ばしい匂いがギルドに満ちていた。


「人は居るのに……意外と静かだな。もっと騒がしいイメージがあったんだけど」

「時間も時間だ。今は朝寄りの昼だろ? 皆クエストに行ったり、そこらのテーブルで集まって作戦を練ったりしてるんだ。夜になればクエストを終わらせた奴らが戻ってきて皆で馬鹿騒ぎしだすさ」

「その為の2階の飲み食い出来る場所か……」


 そんな事を神様と話していたら受付に辿りついた。受付は複数箇所あって、横に楕円を描くようにして並んでいた。

 そして俺の前にはニッコニコな笑みを浮かべながら立っている受付嬢さん。黒い艶のあるロングヘアで、邪魔にならないようにポニーテールにしている。


「ようこそ冒険者ギルドへ! 今回はどのようなご用件でしょうか?」

「お、おぉ……」


 完璧すぎる笑み、完璧すぎるハキハキとした話し方に、俺は思わずたじろいでしまう。


『ひひっ、ブラザーらしいな』


 やかましい! ていうかまた姿を消しやがったな!


『神ばっかに頼ってるとダメ人間になるぞ? ほら見ろ、そこの嬢さんの完璧なスマイル。ブラザーもぷりぷりしてないでちょっとくらい真似してみたらどうだ?』


 だから何でそんなに俺を女にしたがるんだよ! 絶対にやらないからな!!


「あのー……ご用件はなんでしょうか……?」

「えっ!? あ、いやー……その……」


 しまった……! 神様と話してばっかりで完全に受付の人のことを忘れていた。

 あぁーだめだ。受付の前に無言で立ってコロコロ表情を変える変人って絶対思われてるわ……! くそ! 神様のせいだからな!!


『ひひっ、神のせいにすんなって。それよりも早く手続きを終わらせろ。暇な時間帯の今じゃないと後々面倒になるからな』

「はいはい……」


 俺は受付嬢と向き合い、視線を交差させる。相手も負けじと俺の目をじっと見てくるので、俺はまた失礼のない様に目を背けないようにして――


『いいから早く喋れってブラザー。正直浮いてるぞ?』

 

 う、うるさい黙れ! 俺にだって喋る心の準備ってのがあってだな……!!


「あ、もしかして冒険者登録に来ましたか?」

「ひゃい!? そ、しょうでしゅ!!」


 い、痛い……びっくりしすぎて舌がうまく回らなかった。挙句に盛大に噛んでしまうおまけつきだなんて……なんて格好悪いんだ……。


『そう落ち込むなブラザー。今のアンタならかわいいだけで済む話だ』


 そんなわけ──……。


「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

『ほらな?』


 う、嘘だろ……? こんな事しようものなら日本なら舌打ちされたり適当に相手されてたのに……! 相手がプロだからか……? それともまさか本当に俺が可愛いからなのか……!?


「自惚れてないでさっさと話を進めろブラザー」

「イテッ」


 光球となって現れた神様に頭を小突かれてしまった。流石の神様も我慢の限界と言わんばかりの小突きだった。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、あぁー、はは。ダイジョウブデス」


 流石に今のは受付嬢さんも不審がってしまうか。まぁ確かに、目の前の人が何もないのにいきなりイテッて言ったら普通は距離を取るよな。


 俺は深呼吸をして心を落ち着かせる。なるべく波紋が広がらないように、それはまるで明鏡止水かの如く──


「あっ! もしかして冒険者登録に来た新人さんですか!?」

「そうです」


 受付嬢さんが俺の考えを読み取ったのか答えを言ってくれたので、落ち着かせた心を乱さないように落ち着いて肯定した。


『ひひっ、頷くだけなのに落ち着くもクソもあるかよ』


 うるさい。俺はこのまま仏を身体におろしたまま冒険者登録を終わらせるんだ。


「やっぱりそうですよね!」


 受付嬢さんは嬉しそうに笑いながら言って、満面の笑みのままこう続けた。


「では身分証明できる物はお持ちですか?」

「はい……身分証明できるものですね……ん……!?」


 身分証明……だと……!? どうしよう何も持ってない!!

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