第38話 選んだ。それが俺だ。だけど。
次の日、働き始めて今となっては貴重な日曜日に、俺は1番疲れる過ごし方を選んだ。
「ほうほう。勘当されかけた1人息子が、また何かおこぼれを欲しがって寄ってきたと」
母親のハイトーンボイスを聴いて、事務的で機械的な虚しさだけを感じるのは、俺だけかもしれない。
「久しぶりだな、母さん」
「ええ、そうでしょう。2年も連絡を寄越さない、勘当手前の死にかけ。そのまま無様に死んでも良かったのでは?」
「一人息子を大切にしてくれよ。いや、もう今更か」
「ここまで言っても引き下がらないあなたに、残念なお知らせ。あの人は今日はいないわよ。わたしに決定権があると思って?」
それは別に母さんが自信満々で言うべきことではないだろうに。全然選択権を譲ろうとしない。これが、実家だ。
「まぁ、わたしが言わなくても、法はわたしを守るのよ。部外者を外へ」
ウィウィウィウイーン!!!
急にモーターの回転音が鳴り響く。
玄関口左の棚から出てきたのは、靴ではなく、大きな鉄の物体。バーベキューで大活躍するやつの巨大版、トングだ。
俺は小さい頃から、軽い気持ちで来た営業マンが何人もつまみ出されているのを知っている。
このデカトング。こいつはつまむのが上手いくせに落とすのが雑。
これで屋敷の敷地内で面白おかしく人間を落として遊ぶからタチが悪い。
デカトングver.40くらいか。AI搭載してから全くバージョンアップしなくなったな!
伸びた2本の腕の根本から、芝刈り機(本体)が姿を表した。昔はバッテリーがデカすぎて田植え機並みにデカかった図体も、改良に改良を重ねて、今ではだいぶ太った大人の成人並の重量まで軽量化が進んでいる。
だが、相変わらず、可愛くはねーな!
「こいつの名前なんだっけ?」
「ゴミ出し君よ。あなたもゴミとして認識されたようね。さようならよ」
AIの分析の結果、俺は両親の意向に従えない人間に成り下がっていたようだ。
泣いて詫びれば済む問題か?ーーー違う。
もううちのロボットでいる時期はとうの昔に過ぎたんだよ。
「どうした?大きくなっただろ?」
呼びかけたところで、AIは容赦しないけどな。
ゴミ出し君の一号機から俺は知っている。親父が乗ってブイブイするタイプの車両から、自立タイプに変わったのは、俺が家を出てからのことだ。
直接手を下さなくなっただけ、両親が年を取ったとも言える。心がもっと冷たくなっただけかもしれないが。
「なぜ、恐れないの?恐ろしく無いの?」
「嫌われるのは、怖かったさ」
「・・・・・・」
俺の本心だ。できれば、親に嫌われたくない。良好な関係でいたい。だが、守られてばかりいて平気な顔をするのは、俺の性分ではなかった。
「どこから間違っとんのか、わかる?将棋で言えば、わざと飛車角を取られにいったもの」
「将棋かよ。・・・それで俺の気持ちがわかるわけないんだよな」
「優しさにつけ入ったあの女と、楓。楓は、まぁ許したる。染めがいのある純心な子よ」
ギリっと奥歯を噛み締めた。
ごめんな、楓。何を言われたんだ?まだ、俺の声は届くか?
俺が両親に逆らえなかったように、楓もおそらく、絡みとられる。でも、ここで俺が、自分を取り戻せたら。
ウィウィウィウィウィウィーン!!!
巨大なトングが俺に向かって寸分違わず迫るが、俺は本体に向けてタックル。
俺は足を挟まれて逆さ吊りになるが、ゴミ出し君本体を離さない。
体の自由を奪われたゴミ出し君が、自分の体を持ち上げることを想定していなく、もう片方の腕を地面に突き刺してバランスを取ろうとする。
だが、無駄なのだ。80kgまで持ち上げられるゴミ出し君の、本体の重量は同じく80kg。
ゴミ出し君と俺の体重、合わせて140kgを持ち上げる腕をゴミ出し君は装備していない。
潰れちまえ!
ぐにゃりと巨大トングは折れ曲がり、俺はゴミ出し君と共にバランスを崩して落ちる。
俺の腕から落ちた本体は、もう正常な動きができずにいた。
ヴヴヴヴヴヴヴェッエッエッ!
「発想がもう、下等生物のそれ。何をするかと思えば・・・壊してしまったのね」
「まだ、親父から何も言われてない」
「会えない、という事実が全てを物語っていると思わないの?」
「俺のことは、いい。悠里のことも、まだ、いい」
母さんが、ギロッと獲物を見るような目をこちらに向けていた。あんたは蛇かよ。
「楓を、貶めるのはやめてくれ」
「おや、まぁ。そんな言い草はないんじゃないの?少なくとも、楓に関してはこちらは友好的よ」
「うるせえな。子供に友好も糞もないだろう。好き嫌いで語るなよ。俺の子だぞ?」
「ぷっくくく。あはははははっ!」
「何かおかしいこと言ったか?」
「何も通せていないくせに、俺の子?血も繋がってないのに、逃げられたくせに、まだそんなことを言ってるの?」
「俺の子だろ。血なんて関係ない。環境が大事なんだよ。過ごした時間の長さで決まるんだ」
「悲しいわ・・・幸せを棒に振って、焦ったの?難儀な子ね。だからあんたは、うちには入れないって言ってるの!」
「俺は別にいい。だけど楓は・・・」
「女の子が、欲しかった」
「は?」
「あんたが女なら良かったわ。どこにも行こうとせず、ずっと家にいてくれる。結婚もさせず、上手くいけば跡取りだけ残させてずっと安泰。素敵でしょう?」
「自分、の、ことしかっ・・・考えてねーのかよ!」
「あんたと一緒よ。だから、血は大事なの」
母さんからしたら、俺が自分勝手になるのは時間の問題だったと。特に問題視されなかったってことか?
でも、え?まさか、俺は知らず知らずのうちに、両親の思惑通りに、楓を選んでしまったのだろうか?
両親に楓を差し出すために俺は悠里と一緒になったわけではない。悠里は自由奔放だから、最初から両親の視界には入らなかった。
だけど、楓にだけは、なぜか、優しかった。
「楓だけ、いれば、いいと。そういう話か?」
「連れてきてくれた時、あんたは楓を使ってあの女がこの家に入れるように仕向けたわね?別にいいのよ?うちを使っても。いいのよ。永住しても・・・でも、楓は置いていってね?あんたはもう用済みだから」
「なぜ、今になって、悠里を許すんだ?」
「あんたにはわからないだろうけど、母親が許されてなければ、子はわたしたちに靡かないでしょう?」
急な方針転換をするなんて、珍しい。絶対に、何かある。急がなければならない何かがそっち側にあるはずだ。
俺は、外れてくれと願いながら、意を決して聞いてみた。
「なぁ、親父は、ほんとに元気なのか?」
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