第36話 俺はもう自暴自棄は許さない

「りゅーた、お母さんを助けてっ!!」


「そのつもりだ。悠里は同じホテルにずっと泊まってるのか?」


「わ、わかんない・・・楓と一緒の時はずっと同じホテルだったけど・・・」


「連絡、取るか」


俺は携帯を取り出して悠里にかけてみる・・・ダメだ。寝てるのか電話に出てくれない。


「りゅーた、スタンプ連打しても反応無いよ」


階段、玄関と明かりをつけた。あいつの血痕を見つけて警察を呼ぼうかと考えたが、なぜか血が見つからない。


今、優先すべきは何だ?警察に来てもらうことなのか?


いや、悠里の方が心配だ。とりあえず楓に危害を加えることは無かったから一安心だ。だが、俺は悠里を放置するほど冷たい人間になった覚えは無い。


「楓、出るぞ。前に悠里と泊まったホテル覚えてるか?」


「わかるけど・・・お母さん・・・起きてよう・・・」


楓のキャリーケースに仕込まれたGPS。もし悠里が今まで泊まったことのあるホテルにいるのならば、悠里が危ないかもしれない。


いや、待て。悠里自身にGPSついてはいないのか?悠里のキャリーケースについてないってだけで、安心してないか?


「お母さん!」


「既読ついたか?」


直後、俺の携帯が震える。


『なあに?夜中にピコンピコンうるさいわよ』


「おまえ今どこにいるんだ!?」


『ホテルよ』


「ホテルの名前は!?」


『ペパーミント鉢屋よ』


ら、ラブホじゃねーか。誰かと一緒にいんのか?


「え、ひとり、なのか?」


『ひとりだけど・・・何?心配しなくても、男と行くわけないから。今更わたしがどこに泊まろうが勝手でしょ?』


楓が追跡されたから、悠里も万が一を考えて、相手の裏をかいたつもりなのかもしれない。


悠里が絶対に行かないだろうラブホテル。嫌いって言ってたもんな。専門のホテルの空気も吸いたく無いとか言ってたしな。


どうして俺を突き放す言い方しかできないんだ。助けたくなくなるだろう。普通の人ならな。


だが、どうやら俺は、普通の人では無いらしい。


悠里のポリシーを捻じ曲げられている時点で、俺はなんとも言えない悲しさを感じた。


確かに悠里の制約はぶっ飛んでいる。だが、裏を返せば、そこまで自分を大切にしているという証なのだ。俺は自暴自棄に一度なってるから、自分を律するのがどれだけ大変かがわかる。だから、悠里は悠里のままでいいと思う。


自分を大切にしなきゃ、誰かを幸せになんてできないから。


そうだ。俺が今まで積み上げてきた、振り返ることの無かった記憶を辿れば、悠里がいたじゃないか。


そいつが今、困ってるくせに言えなくて勝手にいなくなって、自分の娘がいればわたしなんて用済みでしょ?って?


おまえが言えなくても、俺にはわかるんだよ。大事な時にいつも黙るおまえと生活してて、悠里の気持ちを考える時間がたくさんあったんだ!


『なによ。発情したの?』


「秀樹ってやつがうちに侵入してきて、楓目的だったみたいだが逃げられた。次はおまえのところに行くかもしれない」


『・・・ごめんね』


「何のごめんねだよ。別におまえは悪く無いだろ」


「やっぱり、体許せば良かったかな・・・わたしがもっと相手の気持ちを考えて接していれば、ね」


今更だよ。だが、俺は全てを諦めて体を許す悠里なんて知らない。見たくもない。


他人に成り下がってしまったが、俺はそれでも大切にしたいものがある。


「悠里の守りたかったことを今更諦めさせる気はない。これは俺の我儘だ。おまえに、そうであってほしいと願う、我儘だ」


「何よ。もういいのよ。どうせ、わたしなんか・・・」


「おまえを迎えに行く」


「嫌よ。あなたもわかったでしょ?あの人がああなってしまったのは、わたしのせいなの。あなたには関係の無いことよ。って、迷惑かけちゃったかぁ」


「いなくなるなら、幸せになってくれ。夢見が悪い」


『・・・・・・』


「ひとつだけ教えてくれ。おまえ、再婚相手が、秀樹が、好きなのか?」


『嫌いよ』


好きとは滅多に言わないくせに、嫌いなことははっきりと言えてしまう。難儀な性格だ。


「楓は、苦手」


楓が会話に混じってきた。嫌いって言えばいいのに・・・言えないのは、こいつの今までいた環境のせいだろうな。


そりゃあ、一緒に暮らしていく過程で、俺や秀樹に嫌いとは言えないだろう。だから、あえて苦手、という柔らかい表現を使ってるんだよな。


『楓のために、そっちに行ってあげる』


「お母さんが来てくれないなら、楓がお母さんを待ってるって伝えて」


「ん?ん、おう」


悠里と楓の妥協するタイミングが重なって、ちょっとびっくりした。


「楓のために来るってさ」


「めんどくさい」


『楓、聞こえてるわよ。でも、無事で良かった』


めんどくさいのは織り込み済み。予想していた通り。既定路線。俺らは3人揃って非常にめんどくさい性格をしているのかもしれない。


形にこだわったり、思い込みが激しくなったりと色々あるのだが、


3人で話せば、それでもなんとかなりそうな気がするのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る