番外編 太陽と月の慌ただしい夜 前編


 月の大精神マーニは心ときめいた。


 大精神として顕在してから初めてのときめきである。

 生まれて日が浅い彼女は、このくすぐられる不思議な高揚の虜になっていた。


 これが、ときめき……。


 あたかも胸の奥へ暖かい風が通り抜けるように巡っていく……。

 心が弾むというのはこういう感覚かと、マーニは無意識に思い知った。


 彼女がいるのは、男の私物が辺り一面に散在し、美貌を備えた女神には場違いなほどに相応しくない、生活感の満載した室内。

 言わずもがなそこは、己を生み出した主である進児の部屋だ。 


 卓袱台に顔を伏して動かない進児を背後にちらつかせ、双眸を輝かせているマーニ。

 満月のように煌めく視線は釘付けで、そこから揺らぐことはない。


 他の大精神の愉快な騒ぎも無頓着に、彼女の眼差しは子供のような関心を胸の奥に宿していた。


 熱い視線が注ぐ先は、部屋の一角にあるテレビだ。


 彼女は付けっぱなしになったままのテレビに目を奪われている。

 もっと言えば画面を占めている、うごめく可愛らしい塊に。


 塊は、ウサギだった。


 テレビは動物をテーマとした番組が放送していて、ウサギの生態を紹介する映像が流れている。

 それを偶然目の当たりにし、不思議とこの動物に視線を奪われていた。


 ウサギ以外の全てのものは彼女の視界には映らない。


「はぁ」


 甘い息が漏れる。人間が聞けば、骨を抜かれそうになる蠱惑的な吐息だ。

 あまりの可愛いらしい姿に、つい感嘆したのだ。


 ウサギ……。


 長い耳を持ち、毛はフサフサで、ぴょんぴょんと跳ねるように動いている。


 あぁ……姿や仕草、至るところ全てが可愛いのだろう。

 特にあのつぶらで純粋な瞳が素晴らしい。胸が疼いてはち切れてしまいそうだ。


 どうしてこうもこの生き物に魅入ってしまうのだろうと、彼女は自身の感情に驚いてすらいる。あの生き物の姿が、この燃ゆる情熱の炎を絶やしてくれないのだ。


 マーニはしばらくテレビに映るウサギの姿をうっとりと眺め、そのコーナーが終わるまで視線を外さなかった。


「はぁ……ウサギさん……」


 場面が切り替わり、ウサギの姿が視界から消えていくと、マーニは腕を組んでまた溜め息をついた。


 持前の柔らかな双丘が華奢な腕によって優しく形を変える。

 彼女は今でも目蓋に焼き付いて離れない小動物に心を引かれていた。


 何と素敵な生き物だろう。

 あの子達を迎えたい、という気持ちがふつふつとたぎってくる。


 もし傍に置くことができたなら、思いっきり抱き締めてあげよう。あのフサフサの毛並みを撫でてあげよう。

 恋慕に近い感情を胸の奥に宿し、マーニは新鮮な果実のように瑞々しい唇を笑みに歪ませた。


「――珍しい事じゃの。お前さんがこれほど無我夢中になるとは。明日は雨が降るかもしれん」


 その時、誰かが自分の名を呼ぶのを耳に拾った。


 自分を呼ぶ声に、マーニは意識を現実に戻す。

 このしわがれて落ち着きのある声には聞き覚えがある。というより、よく身近に耳にする慣れた声だ。


 呼んだのは、同じく大精神にして地を司る大精神のパンゲアだった。

 彼は切り立った高山のような甲羅を背負いながら、緩慢に彼女の隣に歩み寄ってきた。


「私、そんなに見つめていたのね……」

「ワシもてれび、、、を見ておった。あれは良いものじゃな。娯楽や知識がたくさん詰まっておる。つい目が引かれてしまうのう。先程のお前さんを見るに、惹きつけられるものがあったのじゃな」

「……ウサギさんをずっと見ていたわ。あの生き物はとても可愛くて素晴らしいわ。貴方もそう思うでしょう?」


 普段は神秘さえ見受ける冷静なマーニも、この時ばかりは友人と会話する人間の少女の純粋さで、初めて見た時の感動と興奮を交えて語り出す。


「ははぁ、ウサギであるか。確かにお前さんの言う通り非常に愛らしい姿をしておった。よほど気に入ったのじゃな」

「今すぐこの胸に抱きたいくらいだわ。どうにかできないものかしらねえ?」


 マーニは不満げに、ソールに何度も呼びかけられている酔いどれ進児を横目に見る。


 彼に甘えてお願いを叶えてもらおうとも考えていたが、あの状態ではどうしようも出来まい。

 それに嘆息をこぼしていると、パンゲアが何か思い当ったのか話を切り出した。


「そういえば、ウサギと言えばこの前ソールが話しておったのじゃが……聞いたところによると、月にはウサギがおるらしい」

「――――――え?」


 時が止まった。彼女の中で。 

 星空を映したような美しい瞳が揺らいだ。


「どういうことなの?」


 静かな驚きを隠すことが出来ないまま、マーニは尋ねた。

 パンゲアの話によれば、この世界の月の影がウサギの形に似ていることから、古くから月にウサギがいると云われている。


 興味深い事にその模様は、この地では餅という食べ物を突き、ある国では不老不死の薬を作っているという。


 また月にいる理由として、老いた人間に扮した神に自らの身を食料として炎に投げ出し、捨て身の行動に心打たれた神が月に上げたという話も聞いた。


「――と、まあ実際に月にウサギがおる訳ではないんじゃがの。誤解させたのならすまぬ」

「いいえ。とても素晴らしい話が聞けて良かったわ。ありがとう」


 突として興味深い内容を聞いたマーニは意味深にも口端を吊り上げた。


 彼女は確信を得た。胸のときめきが偶然ではなかったことを。 

 月とウサギにまつわる話は自分が誕生する遥か以前から存在していた。


 偶然でなければ……そう、これは必然だ。 

 自分とあの子達は必然によって引かれ合っていたに違いない。


(ああ、一刻も早く見てみたいものだわ……)


 彼女の中で堰を担っていたものが瓦解を始めた。


 胸の疼きが強く、欲求が加速していく。

 早く会ってみたいと、早く抱いてみたいと、冷めやらぬ情熱が彼女の欲望を増幅させた。


(言いつけ、、、、を破るけど、別に良いわよね)


 進児の部屋こんなとこで、じっとしていられるはずがない。

 火照りきった意思を御しきれないマーニは、己が欲望の為に早速動き出した。


「失礼。ちょっと行きたい場所があるの」


 パンゲアを置いて、マーニは周囲を見渡し始める。ある場所、、、、を探す為だ。

 そして、すぐにそれを見つけると――瞳を妖しく細めた。


「む? 行きたい場所とは如何に……お前さん何を……!?」


 次の瞬間……パンゲアの目の前で彼女の身体が浮かび始めた。


 まるで重力が無くなって風船でも付けたかのように浮いている。

 しかもただ浮いているだけではなく、その浮遊には彼女の意思が反映しているようだ。


 そして重力の枷から離れたマーニはある方向を目指して飛行、、を始めた。

 

「あぁっ、何処へ行くのだ!? 待て! 待ちなさいっ!」


 パンゲアが仰ぎ見て呼び止める。しかしマーニは、彼の声に一切顧みることをしなかった。


 大精神は自身の司る属性の影響故か、各々の能力に差異が生じている。尤も、これは進児が大精神を創造した時に込めたイメージも加味しているのだが。


 マーニは、ラシル達と同じく空を飛ぶ能力――どういう仕組みで飛んでいるのかは不明。少なくとも揚力や上昇気流を利用してはいない――を持っている。己の意思で自由に、宙を舞うように飛べるのだ。


 反面、パンゲアはその鈍重そうな外見から当然というべきか、移動に鈍く飛行能力は無い。

 それ故に後を追うにしても簡単に追い付けるものではなく、二神の間は次第に離れていく。

 彼女が去っていくのを、パンゲアはただ見届けることしか出来なかった。




「我が主よ、起きてください。また二人がいたずらに……どうか目を覚ましてください……」


 マーニが事を起こす少し前のこと。ソールは苦心していた。


 彼女が言う二人とはドレイクとエクレールの事であり、この問題達は度々に問題行動を起こしていた。


 自分達では手に余ることもあり、進児に抑えてもらおうと助けを求めていたのだが、彼は慣れない酒に溺れてしまい、品のない寝息を上げて寝ている。髪を引っ張っても顔を叩いても、起きる兆候を見せない。


 どうやら労働アルバイト過失ミスを犯してしまい、目上の者に厳しく叱責されたらしく、またも酒飲みに至ったのだ。

 最近の進児は精神的に参ると、どうも酒に浸る時が多くなっている。


 我らの主がこれでは……。


 心労のために深い溜め息が漏れてしまう。

 ソールは最初に生み出された事を自負し、他の大精神を纏めることが自分の仕事であると思い立って行動した。


 だが実際は、御しきれない大精神達に手を焼かされる日々だった。

 アンブラはほぼ行方不明だわ、ドレイクは暴れるわ、ラシルは自由だわ、エクレールは騒ぐわ、マーニは全然言うことを聞かないわ……と、悩みの種が無くならない。


 進児がいれば大抵は何とか済むのだが、それも常時というわけではない。彼にはやるべき事アルバイトがあり、家を空ける時間帯があるからだ。

 

「はぁ……」


 溜息を再び吐き、ソールは頭を抱え始めた。

 頭が痛いのかもしれない。大精神に頭痛が起こるのかどうかは知らないが。


 心労が積み重なっているのが原因か、撫子のような清楚な顔もどこか小皺が刻んで老けているように見えた。


『――あぁっ、何処へ行くのだ!? 待て! 待ちなされっ!』


 苦労の荷に肩を落としていると、後ろからパンゲアの声が飛んできた。


 向けば、パンゲアが長い首を上げて叫んでいる。

 珍しい事もあるものだ。年長者の如く落ち着いているパンゲアがこれほど冷静を欠いているとは。


 それだけに……という事でもないが、言い知れぬ不安がよぎった。


「パンゲア、何があったのです?」

「大変じゃ! マーニが外へ出ようとしている!」

「…………はい!?」


 狼狽えるパンゲアが首を動かして方向を示す。


 そこには……大精神達にとってはあまりに大きい窓を、そのか細い腕で何とか動かし、生じた隙間に身体を通そうとしているマーニの姿があった。


 あれは、脱走を試みようとしているのか……!


「すまぬ。連れ戻そうとしたが、ワシでは追えないのだ……」


 さっきまで彼女の傍に居たらしいパンゲアが、己の無力さを嘆き面目無さそうに悔恨を滲ませている。

 何という事だろうか。あってはならない事態が起こってしまった。


 大精神は進児からの言いつけにより外に出てはいけないと決められている。

 精霊の存在を外界、、に晒さない為だ。この世界で自分達の存在を明かすことは決してあってはいけない。


 それをマーニによって破られようとしているのだから、パンゲアが慌てる理由がよくわかる。

 狼狽が自分に伝染してくる程に。


「お止めなさい、マーニ! 自分が何をしているのかわかっているのですか!」


 ソールは、今まさに外へ出ようとしているマーニに脱走行為を止めるよう促す。

 しかし、パンゲアに耳を貸すことをしなかった彼女がソールの呼び掛けを素直に聞き入れるはずが無く、遂に奥へ消えて行った。 


 姿が消えて行く間際、マーニは嘲笑の瞳を残してやった。


 追えるものなら追ってみなさい、という意味を込めて。


「っ…………!!」

「なになに? 何があったの?」

「マーニちゃんどこに行っちゃったのぉ?」


 騒ぎを聞きつけ、またはマーニの行動を目撃したらしく、他の大精神達が駆け寄ってくる。


「我が主……! 大変です! マーニが……!!」


 一刻も早くこの状況を何とか脱しようとソールは進児に助けを求める。

 だが進児は泥酔しているせいで、ぐっすりと眠りに浸っている。


「こんな時に……! 起きてください! 起き……起きろおぉぉぉぉ!!」

「うわおっ!? ソールっちが恐ろしい表情でオリジっちを攻撃してる!?」

「乱心かい!?」


 ソールはできうる限り、進児を起こそうと手を尽くした。

 顔をべちべち叩いても、ハゲが出来そうなくらいに髪を引っ張っても、頬にめり込むくらい体当たりしても彼は目を覚まさない。


「このっ、このぉ……っ! ぐぬぬ……っ」

 

 ダメだ、このヘベレケは。眠りが深すぎて今晩は起きないかもしれない。


 こうしている間にもマーニは何処かへ彷徨って行くのだろう。

 時が経ってしまえば経つほど、連れて帰るのが困難になる。彼女が自らの意思で戻ってこない限りは。


「くぅ……こうなったら、仕方ありませんね……」


 かくなる上は……自分がマーニを連れ戻すしかない。

 禁則を破る事になるが、マーニがこのまま行方不明になるのは絶対に避けなければならない。


 これは、自分に与えられた仕事だ。


「パンゲア、ここは任せましたよ。私はあの子を連れ戻しに行きます」

「なんじゃとソール……!? ま、待ちなさい! お前さんも待つんじゃっ!」


 後を追う為、パンゲア達を残しソールは突風の如く飛び立って行った。彼女もまた空を自在に飛ぶ力を持っていたのだ。

 マーニが作った窓の隙間を通り、ソールも外へ這い出て行った。






 窓の外は、漆黒の世界だった。


「――――」


 これが外界。進児が住む世界。


 日は既にその身を遥か彼方に沈め、漆黒の空間には宝石が上も下も大小散りばめられている。

 宝石は光だ。夜の帳が降りて、一面中に映る建物が燐光を放っているらしい。

 くすんだ燐光が地平線まで広がっているのをマーニは俯瞰した。


「……どっちに行けばいいのかしらねえ?」


 数多の人間が住み暮らす、見慣れない世界を見下ろし、マーニは小首を傾げた。

 外へ出たのは良いが、何処を目指せばあの子達に会えるのか全く考えていなかったのである。


 熱に浮かされ、肝心な事を忘れていた。

 これでは大量の砂粒の中から砂金を探すようなものだ。


 だが彼女は一縷とも己の暴走に悔いを抱くことはなかった。

 そんな事は些細なものだと捨て置いたからだ。


 如何に途方もない行為だとしても、自分の目的は揺るがない。

 道程は遠くとも外れず。どれだけの時が掛かろうと必ず見つけてあげよう。

 自分は進児のように縛られてはいないのだから。


「――マーニ、お待ちなさい!」


 心の昂りを抱いて旅立とうとしたその時、遠くから耳障りな声が耳朶に刺さってきた。


 あのうるさい神ソールだ。


 同じく大精神のソールが限界まで眉根を寄せ、怒涛の勢いで迫ってきていた。


「意外ね。あの女がやって来るなんて」


 いずれ事態が明るみになっても、進児以外の誰もが後を追うことは無いと思っていた。特に小姑じみたあの頑固女神は。


 何にしてもあれに追い付かれたら無理矢理帰されてしまうだろう。それは絶対に避けねばならない。

 あの子達に会うためにも捕まるわけにはいかないのだ。


 マーニは背を向け、あの女神の追跡を振り放そうと飛行を再開した。

 その後を、ソールが風と闘いながら追いかける。


「我が主の決まりを破り、勝手な行いを始めるとは許しませんよっ!」

「貴方だって同じじゃない。責められる身ではないでしょう?」

「それは承知の上! 共に罰を受ける覚悟はできています! とにかく、今すぐに考えを改め戻るのですっ!」

「お断りするわ」


 逃走する女神と、それを必死に追う女神。

 相容れない女神達の追走劇が、人知れず上空で繰り広げられる。


 左カーブ、右カーブ、上昇、下降……。


 星宿す漆黒の空と灯り宿す市街の間で、縦横無尽に細やかな軌跡が瞬く間に描かれていく。

 時には建物などの障害物を躱し、時には間隙を掻い潜ったりと、忙しい攻防が続いた。

 

 状況はソールの方が優勢だった。

 彼女は何度も見失いそうになりながらも、確実に喰らい付いていた。


「…………っ」


 一方、マーニは悪態をついていた。


 意外にしぶとい。どこからそんな力が出るのだろう。

 どう足掻いていても、アレソールは必ず後を追い付いてくる。これではいずれ追いつかれてしまうのは予測に難くない。


 両者の距離は徐々に縮んでいき、やがて――


「捕まえましたよっ!」


 遂にソールが追い付き、やっとの思いでマーニの細い腕をぐっと掴んだ。

 ぐんっ、と身体が揺さぶられ、逃げに徹底していた飛行が止まってしまう。


 穏やかな表情を崩すマーニは鬱陶しくソールを突き刺すように睨んだ。


「離しなさい。私は行くべき場所があるの。邪魔をしないで頂戴」

「そうはいきませんよ! 絶対に貴方を連れて帰します!」


 腕をしっかりと掴み、暴走を止めんとするソール。

 手を振り解こうと抵抗するマーニだが、拘束は万力のように堅く離れない。


 こればかりは焦り始める彼女はこの状況を打破しようと、まだ拘束されていないもう一方の華奢な腕を上げ……ソールの頬にめがけて振った。


 女神の平手打ちビンタが、ソールの横顔に炸裂する。


「っ……やりましたね!? ならば容赦はしません!」


 繰り出された抵抗に一瞬怯んだソールだが、負けじと――彼女が脱走を諦めるまで――平手打ちを仕返ししてやった。


「あぅ……っ!」


 美貌を備えた女神の見目麗しい頬にあってはならない赤い腫れが出来上がってしまう。


「…………!!」


 ひりひりと灼かれるような、頬の痛み。今まで一度も負ったことのない痛みがマーニに屈辱と苛立ちを覚えさせた。


 ……気に入らない。

 気に入らない。気に入らない。


 最初に生まれただけで偉そうな態度を取るこの女神がどうしても気に入らない。

 あまつさえこうして自分の邪魔をしてくるのだから、苛立たないはずがない。


 泡立つ屈辱、苛立ちは闘気となって、マーニにさらなる抵抗の意を促した。

 小さな女神同士の叩き合い合戦リアルファイトが人知れずここに始まった。


「自分の行動を反省し、戻ると言うまでぶつのをやめませんよ!」

「それはそれはご苦労様ね。とってもとってもとっても目障りで憎たらしい事この上ないわ」

「貴方という者は……! その性根を文字通り叩き直してやります!」

「煩いわね……。その婆臭い顔を醜くしてあげるわ!」


 ソールが叩く。マーニが叩く。

 両者とも拮抗し、お互いの頬にうっすらと赤い手形が何度も刻み込まれていく。


 譲れない。譲れるはずもない。

 ここで根気負けするわけにはいかない。


 平手打ちでは飽き足らず、二人は、掴む、引っ張るなどの選択肢コマンドも増やす。


「「ぬぐぐぐ……!」」


 蹂躪され、女神の御尊顔が揉みくちゃに崩される。

 彼女達を止める者は無く、場は熾烈な闘い……と言うより、女同士の醜い喧嘩が繰り広げられた。


 その時だ。異変が起きたのは。


「――!?」

「? な、なに……?」


 女神同士の闘いを仲裁したのは人でも何でもなく、風だった。


 真下から風が強く吹き上げ、ふわりと身体が軽くなっているような感覚が彼女達を包み込む。

 奇妙な感覚に、争いを止めた二人は、纏わり付く異変の原因を探る。

 先よりも地面に近付いている事に気付き、ソールとマーニは奇妙な感覚の正体を理解した。

 

 これは、落ちている……!?


「え……えぇ……っ!?」


 あろう事か、ソールとマーニは下降しおち始めていた。


「「きゃ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」


 漆黒と燐光が混ざる地面に吸い込まれるソールとマーニ。

 彼女達は飛行能力を再び展開しようとしたが、落ちゆく身体は何故か舞い上がることはなかった。


「飛べない……!?」


 何かの不具合かと、ソールがもう一度飛行しようと試す。だが、ぷつんと途切れたかのように飛行することが叶わなかった。

 どうして飛行能力が突然失ってしまったのか見当が付かず、二人は困惑した。

 

 進児も彼女達も預り知らぬ事であるが、大精神はこの世界では、進児又はトールキンとの繋がりが遠くなるほど力が弱まっていくというリスクがあった。

 二人は、進児とトールキンからかなり遠くへ離れてしまったことで力が弱り、その影響で飛ぶ力を失っていたのだ。


「まずい……! これでは……!」


 このまま落ち続けてしまえば、二人とも地面に激突してしまう。

 ここは進児の住む世界。本来の居場所であるトールキンではない。精霊と言えど地面に身体を強く打てば軽傷では済まされない事だろう。


 だが身体が重力の枷から外れることが出来ない。


「「ああぁぁぁぁ――っ!!」」


 眼下の光景が瞬く間に接近し、ソールとマーニの意識は闇に包まれた。

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