第4話 大精神の誕生


「それでは早速、トールキンに自然のことわりを与えよう」


 すっかり更けてきた一夜。某アパートでは一般人と全知全能が卓袱台を囲む奇妙な光景があったとさ。


「つまるところ、天地創造じゃのう。さて、お主はどんな天地創造を行うのじゃろうな」

「その事なんだが少し話がある」


 妙に張り切っている神様に対し、手を軽く上げて制止する。


「話とな?」

「せっかく異世界をつくったんだ。そこで一つ提案をあげたい」

「ほう、提案か。それは何じゃ?」

「俺はこのトールキンに自然を司る精霊を生み出したいと考えてるんだ。精霊にして自然を司る自然神。その名も――『大精神だいしょうじん』! どうだ?」


 ここ最近、期待をかけて考えていた事を神様に向かって食い気味に語る。

 やはり異世界には、現実には無いファンタジー要素が必要なんじゃなかろうか。


 そして、まずは異世界に居座る高次的存在――精霊が必要だと考えた。


「うぅむ、精霊か。その……『大精神』と言うのかの? その名に何の意味があるのかわからんが……ふむ、許可しよう。お主の創り出した世界じゃ、やってみるがよい」


 神様は口髭を何度も軽く引っ張った後、仕方なさそうに頷いてくれた。

 要求を呑んでくれた事に、やった! と喜びつつ、さっそくドネルを用意して作業へ移る。


「よーし。じゃあ最初は……光、日光を司る大精神を創ってみるか」

「ここから先は生命いのちの創造の開始じゃ。精霊とて生命じゃ。生命を創る時はしっかりと想像するんじゃ、でなければ出来損ない、、、、、が出来上がってしまう。出来損ないを絶対に生み出してはならん。用心して行うのじゃ」

「オッケー」


 ご丁寧に念を押され、目を瞑りながら手を付けたドネルに指をわす。


 日光の大精神。

 トールキンという新世界を光で抱擁ほうようする太陽の化身、最初の精霊にして尊大な自然神。


(日光の大精神……日光の大精神……)


 静かに、祈るように心の中で念じると、ドネルはやがて手中で新しい形を得始めた。


「……よしっ、生まれた」


 両手をどけると、そこには一人の女性が横たわっていた。


 見た目は、和風と洋風をそれぞれをミックスし上手く溶け込んだ巫女衣装。

 頭には輝く太陽を表現しているのか、丸い輝石を中心に数本の線が伸びる後光のような金の飾りが備わっていた。 


 彼女は眠っていて、未だ目を閉じたまま動かない。


「まだ生まれたばかりじゃからの。もう少し経ったら目覚めるぞい」


 しかし、一つ気になることがある。


「……小っちゃくない?」


 問題というのは大精神の身長。

 彼女の身体のサイズは、手の上に乗せられるほど小さかった。


 自分で創っといてこう言うのもどうかと思うが……この小ささでは精神と呼べない。さしずめ精神という呼称が似合うかもしれない。


「彼女はこの世界に属する精霊ではないからの。力は乏しく、よって小さいのじゃ。じゃがこのような姿でもトールキンではれっきとした精霊じゃ。トールキンに移動すれば、本来の定められた大きさに戻る」

「へー、これがねえ……想像つかないな」

「この精霊に与える名前は考えておるのか?」

「あっ、そういえばまだ考えていなかった。んー……」


 神様に尋ねられ、顎に手を添える。

 

 この小さな大精神に何と名前を与えようか?

 こいつは日光の大精神。光でもあり、太陽でもあるから……。


「――ソール」


 日光の大精神ソール。

 彼女に与える、祝福を込めた名。


「ソールか。そんな名前の知り合いがおったのう。日光にちなんで太陽の神から名前を取ったか」

「良い名前だろ? おっ、こいつ動いたぞ」


 即席でよく思いついたネーミングセンスに少し得意気になっていた時、ぴくんっとソールの肩が揺れ動いた。


 ようやくお目覚めの時間が来たらしい。

 閉じたままだった目蓋がゆっくりと開き、卓袱台の上でそのミニマムな身体を起こす。


「………………」 


 ソールは生まれて初めての光景をきょろきょろ見廻し……神様を一目見て、そして俺を見上げた。

 灼熱的な緋色の瞳がじっと見捉える。


「……貴方が、私の主ですか?」

「主?」

「お主のことじゃよ。お主はもう既にこのトールキンの創世主。トールキンだけの神様なんじゃ。この精霊はお主を自らの父として見ておる」


 ソールの向こう側で神様が己の口髭をつまみながら疑問に答えた。なんだ、そういうことか。

 異世界の神様、か。うん、悪くはない。


「ああ、そうだよ、俺はこのトールキンの神様で皆本し――」


 目の前の小さな女神にそこまで言いかけて俺はハッとなり、口をつぐむ。

 顎下ではソールが首を傾かせていた。


 皆本進児なんて名前を普通過ぎるよなぁ。俺はトールキンの神様なんだし、それっぽい名前を名乗っても良いんじゃないだろうか?


 何が良いかな? トールキンの神様だしな……。


 世界の神……神……カミ……かみ……あ、そうだ!


「主よ、どうされたのですか?」

「ふっ、少し待たせたな。俺の名は皆本進児。そして――またの名を『オリジン』。トールキンの神にして『創世主オリジン』! 今後は俺をオリジンと呼んでくれ」


 向き直り、ソールに改めて――思いついたばかりの新しい設定を加えて――自己紹介をする。


 創世主オリジン。これで少しは神っぽくはなったかな?


「そして、お前の名はソール。日光の大精神ソールじゃ。わかったな?」

「かしこまりました。このソール、我が主オリジンに感謝し貴方の御言葉に従います」


 ソールは何ら疑うことなく俺の言葉を聞き入れ、上品にこうべを垂れた。

 おお、この感じ……この胸のときめき……まるで本当の神様になった気分だ。


「まあお主はトールキンの神じゃからの」







「じゃあ次は……闇の大精神を創ろう!」


 初めての生命、初めての精霊を創った輝かしい興奮を抱えたまま、俺は次の作業に移る。ソールの他にも新しい大精神を創るためだ。


 光の大精神を創ったからには闇の大精神を創らないと。

 闇の大精神って中二病っぽいがそこはかとないカッコよさを感じる。


「闇の大精神、か……」


 闇。それは光の対極。

 永久に離れぬ表裏一体の属性。絶対的な二元の一つ。

 深淵の彼方から覗く、畏怖の象徴。


(闇の大精神……闇の大精神っと……)


 自分なりのイメージを想像し、ドネルに込める。


「――よしっ、完成っ!」


 ソールを創った時と同じように念じながら捏ねると、やがて人型の創造物が手中で生まれた。


「………………」


 掌の中から現れた二番目の大精神。

 見た目は、白のラインに縁取られた奇怪な漆黒のローブ姿。足元は鴉のクチバシのような大きな靴が非常に目立っている。

 全体的に中二病心をくすぐる異彩なフォルムが、闇の大精神としての器に相応していた。


「やあ。俺はトールキンの神にして創世主オリジン。お前はそうだな……闇の大精神だから『アンブラ』にしよう!」

「………………」


 アンブラと名付けられた眼下の小さな神は、何も答えない。ワンルームの部屋がしんと静まる。


「ん? あれ? どうしたんだ?」


 返事がないことを訝しつつ、不自然な様子に気付いた。


 アンブラは何故か膝立ちのまま、ずっと顔を片手で隠している。どこか調子が悪いのだろうか?

 顔を覆う指の間からは、爛々と鮮血に妖しく輝く瞳が覗く。


「……眩しい。此処は光が多くて眩しいのである……」


 やっとアンブラは初めて口を開き、ゆったりとした口調で理由を告げた。

 眩しいって。今は夜だし電気しか光出ていないからそこまで眩しくないと思うんだけどな……。


「顔を覆うもの……仮面を所望する……」

「仮面ね。それもドネルで作ればいいか」


 とはいっても、どんな仮面を作ればいいんだ……?

 画像検索で適当なものを参考に作ってみるか?


「……そう、あれだ。あの仮面……あのような仮面を所望する……」


 手に取ったスマホでググり始めた時、何かを見つけたらしくアンブラがぬらりと指を突き出す。

 指差す先には、放ったらかしにしていたやりかけのゲームソフトがあった。

 ソフトのパッケージにはキーアイテムとなっている仮面が……ああ、なるほど。この仮面が欲しいのね。


「へいへい。今すぐに作ってあげるから待っていなさいよーっと」


 ゲームソフトを拾い、パッケージに描かれていた仮面を参考にしながらドネルをねり込む。時間は然程かからなかった。


「ほら、出来たぞ」


 アンブラの望む通りに仮面を作り上げ、その小さな被り物を彼に渡してやる。

 彼は、大きな目玉がぎょろっとした不気味な仮面を、ゆっくりねっとりとした手つきで被り始める。


「……とても気に入った。主オリジン……我、深淵から覗く者は礼を表す……汝に従おう……」


 毒々しい仮面に隠され表情を読み取ることができないが、気に入ってくれているようだ。


 アンブラは仮面に施された不気味な双眸しせんを浴びせてきながら――しかも、身体が浮いている。あの歩きにくそうな靴で歩くつもりは無いらしい――仮面に妨げられ籠った声で誓うのであった。


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