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              *     


 文芸部の部活を終え玄関で靴を履き替えていると、呼ぶ声が聞こえた。

「タダモノぉ」

 藤木ふじき 初則はつのりが追いついてきた。幼稚園からの腐れ縁。やせっぽちで色白、縁なし眼鏡の細面。マンガ倶楽部に所属するマンガみたいなヤツだ。

 ヤツはボクを〈只者〉と呼ぶ。実際、ボクのステータスはどのパラメータにおいても中央値で、そう呼ばれることに異存はないが。

 連れ立って校門を出、町への坂道を下る。

「おまえの小説は、やたら滅入る」初則は多良林の口真似をした。

「ほっとけ」

「ホントは花生を見てたくせに」

 初則の席はボクの後方。すべてお見通しだ。

「脳内ファックしてたな」眼鏡の中で細い目が好色に笑う。

 それはおそらく、多くの男子生徒が行う罪深き行為であろう。ボクも脳内で何度も花生を抱きしめた。でも、無念なことに、感覚は想像するしかない。哀しいかな未経験なのだ。

「花生を見て考えてた。なんで松永は死ななければならなかったか」

「うむ」初則は眉根を寄せる。「ルビコン川を渡ったのだよ」

「花生に告白コクれるのは、松永くらいだしなあ……」

「姫に手が届かぬなら生きていても意味がない。そう思ったのだろう。だが、これで花生に告白コクろうってやつはいなくなった」

「死んじゃうくらい好きだったんだな」

 自分の気持に重ねれば実感できる。ただ、松永はレベルが違った。成績はトップ。所属するラグビー部では、一年生から華のセンターを任された。ラグビー名門大も注目する逸材らしい。去年の文化祭ではピアノ演奏も披露している。クールな顔立ちの、病院の御曹子。天が二物も三物も与えた男の手は、それでも花生に届かなかった。

「オトコとオンナはわかんねえよ」初則は利いた風な口をきく。女性経験があるヤツの言はそれらしく聞こえる。

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