002  舞

 隣のクラスの男子が自殺した。

 体育祭が終わり、秋めいた水曜の昼休み。彼は校舎の屋上から飛び降りた。

 窓の外を眺めていた女子の目前を、上から下へ瞬時に通過したという。間近で目撃したのは、三階の窓から外を見てお喋りしていた二人の女子。うち一人――ボクの隣に座る――旗野 多恵は、逆さまに落下する男子と一瞬目が合ったそうだ。彼女は翌日から欠席している。ショックで心療内科を受診したらしい。いつも明るいなのに……

 この件に関する教育委員会への報告で、教師せんせいたちは頭を悩ませている。失恋が自殺の動機だと生徒たちは確信しているが、学校側はそのことに触れたがらない。相手女子にかかる心的負担に配慮してのことだ。

 夏休み前の失恋から自殺までに三か月。その間隔が、失恋が直接の動機であることを曖昧にはしていた。

 不幸な出来事から五日経過した、10月4日──

 教室のほぼ中央に座るボクは、斜め左前方、窓際最前の席を見ている。いつも知らないうちに、吸い込まれるように視線がそこへ向く。

 視線の先には、薄いブルーのシャツに包まれた丸い肩がある。セミロングの髪が、流れ落ちる漆黒の滝となってその肩に拡がる。黒い艶やかな流れの上に、十月の午後の光がはねを休めている。流れの一筋ひとすじをきらめかせるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る