完全版 05

 作り置きの煮物と炒め物を温め直し、あり合わせの乾物と卵で銀子はスープをこさえ、テーブルに並べる。髪を乾かし終え、肌の手入れを――肌の弱いたまきには欠かせない――終えた環がキッチンに戻る頃には、早炊きの米も炊き上がった。

「ほな、食べよか?」

 笑顔で、しゃもじと茶碗を持った銀子が環に声をかける。

「……すばるさん!」

 意を決したのだろう、環は、その銀子に、問うた。

「なんで、うちにこんなにようしてくらはりますの?」

「なんでて……」

 環の茶碗にてんこ盛りに白米をよそいながら、銀子は答える。

「……ご飯、一人より二人で食べた方が美味しいやろ?」

 はい、と、茶碗を渡された環は、戸惑いつつ、

「そうですけど、そうやのうて……」

「これはな、ウチのお節介やねん」

 客用の茶碗にご飯を山盛りよそいながら、銀子は続ける。

「お節介やけど。八重垣やえがきさん見てたらな、お節介しとおて、もう、辛抱たまらへんねん」

 茶碗をテーブルに置き、銀子はスープをよそいにコンロの方に移動する。

「先、座っててな……ウチもな、しょっちゅう一人でゴハンするさかい、一人で食べるのがどんだけ寂しいか、よお知ってるねん。せやからな」

 二人分のスープ皿に卵スープをよそいながら、環の方を向かず、銀子は続ける。

関東こっち出てきて、長いことずっと、一人でゴハンしてねやろ?そんなん、見ててたまらんねん……さ、食べよ」

 スープ皿を二つ持った銀子が振り向く。

「ゆーても、ウチが作ったんはこのスープだけやけどな……どないしてん?」

「……何でもおへん……いただきます」

 紅い瞳を腫れぼったくして、顔を上げた環は、泣き笑いの表情で手を合わせた。


「……うちな、親に嫌われとるんどす」

 食後のお茶をすすりながら、ぽつりとたまきがこぼした。

「うちのお父はん、八重垣やえがきの会社の社長したはりますねん。そんで、お兄はんもお姉はんも髪の毛黒おすのに、うちだけこんな・・・……」

 そう言って、環は自分の髪を手で梳く。

「そやから、近くに置いておくの嫌なって、関東に流しはったんどす」

 寂しそうに、環は微笑む。

「そんな……直接、聞きはったん?」

 銀子は、胸を締め付けられるような思いで、聞き返す。聞かれて、環はかぶりを振る。

「聞いてはおへん、けど、きっとそうや思います」

 銀子は、肯定も否定も出来ない。

「そやさかい、うちは、ここで大人しゅうしとります、大人しゅうしてへんかったら、みんなに迷惑かかりますさかい……」

「……そおか……」

 そんな酷い事、とか、それはちがう、とか、事情を知らない他人が言うのは簡単だ。だが、銀子は、その代わりに、

「……八重垣さん、偉いんやなぁ……」

 そう言って、細かく震える、テーブルの上で組まれた環の両の掌に、優しく自分の手を重ねた。重ねて、

「……そしたら八重垣さん、ウチとお友達になろ」

 え?小さく、微かに呟いて、環が顔を上げる。手の震えが、止まる。

「ウチもな、こーんなお節介焼きで、大阪いる時もよお暑苦しい言われてんけどな、ウチ、実はものごっつい寂しがりやねん。そんでな、こっち来てまだ友達だーれもおれへんからごっつ寂しいねん。せやからな、こんな、でっかくてしゃべりの女でもええなら、また一緒にゴハンしてくれへん?」

 ぽかんとして、環は潤んだ目で銀子を見つめる。

「そんな……うちといっしょやったら、あることないこと言われたり、されたりしますえ?」

 つまり、八重垣さんは言われたり、された事があるゆう事やな。銀子は、そう理解する。

「それやのに……なんで、そんな事言わはりますのん?」

 全てを理解したわけではない。しかし、自分と同じようなものかとも思っていたが、八重垣さんの置かれた状況は、自分より遥かに厳しい。似たような境遇ではあるが、比べるなら、自分は遥かに恵まれている。漠然と、その事だけは理解して、銀子は、環の問いに答える。

 泣きそうな顔の環の、紅い瞳を見つめて。

 自分の、狐色でやや癖のある髪に手を置いて。

「……ウチも、こんなやから、かな?」

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