完全版 02

八重垣やえがきさん、白子アルビノなんですって」

 授業の合間に尋ねた銀子に、隣の席のクラスメート、山田浩子が答える。

「生まれつきなんだそうだけど。真っ白で紅い目って、ちょっと神秘的よね」

 ちょっと羨望の入った眼差しで離れた席――窓から離れた、直射日光の当たりづらい席――に座る八重垣環の方を見ていた浩子は、そう言った後に、エルリックみたいよねー、と付け加える。

「本人、体弱い言うてたけど」

「うん、体育なんかほとんど見学なんだけど……ほら、日焼けとか出来ないから。真っ赤になっちゃうんだって」

「大変なんやなぁ……」

 銀子は、呟きながら、失礼がない程度に八重垣環に目をやる。

「色々大変だったみたい。今は無いみたいだけど、いじめられたりもあったみたい」

「あー、そおか……」

「うん、だからなのか、八重垣さん、イマイチ人付き合い悪いって言うか、自分から話の輪に入ったりってしないわね……しょうがないとは思うけど。悪いじゃないんだけど」

「ふうん……」

 思うところある様子で、銀子はしばし八重垣環を見つめ、そしてふいに、浩子に向き直って、聞いた。

「そんで、エルリックて、なに?」


 その日の放課後。引っ越しの荷物、まだほどききってないねん、そんな事を言いながら、銀子は新しい級友、山田浩子と共に校門を出た。第四中学校は中央区に四つある区立中学校の中では一番レベルが高い。そのために、学区外から越境して、地下鉄等で通ってくる生徒も多いが、銀子は徒歩で三十分ほど離れた箱崎のマンションに、家族と共に引っ越してきていた。浩子も、方向としては同じで銀子より少し手前、水天宮神社の近くのマンションだという。

 初夏の午後。急速に夏に向かう日差しと気温は、長袖の制服の少女達の肌を汗ばませる。

「……あれ?あそこ歩いてるの、八重垣さんとちゃう?」

 とりとめもないことを語らいつつ、明治座の裏まで歩いてきたとき、銀子は、八重垣環やえがき たまきの白い髪が見えたことに気付いた。

「あ、うん、そうね、八重垣さん、浜町公園の近くのマンションだって聞いたことあるわ……あ」

 銀子に遅れて気付いた浩子が、そう銀子に答えた時。

 唐突に、八重垣環は脚をもつれさせる。

「あかん!」

 横に居た浩子が瞬きするより早く、銀子は猛ダッシュで環に駆け寄ると、スカートの裾も気にせず、すべり込むようにして横抱きに環を抱え、その頭がアスファルトに激突するのを防ぐ。

「あいったー!」

「だ、大丈夫?」

 浩子に聞かれた銀子は、尻餅をついた姿勢で、はしたなくまくれ上がったスカートを直しながら、したたかに地面に打ち付けた尻をさする。

「……ウチはまあ平気、痛いけど。それより、八重垣さん?」

「八重垣さん、八重垣さん?」

 環を横抱きにしたまま銀子は声をかけ、浩子も環の顔をのぞき込むようにして呼ぶ。だが、環は返事をせず、その白い肌は紅潮し、呼吸もやや浅く、そして玉のように汗をかいている。

「こらあかん、山田さん、八重垣さんの家、知ってはる?」

「ええと……この辺なのは聞いたことあるけど……」

「……そや!さっきウチ、センセから連絡網もろとった!山田さん、ウチのカバンから出してんか」

「え?ええ……」

 銀子に言われて、浩子は、他人の持ち物をあさることに抵抗を覚えつつも、言われたとおりに学生鞄を開き、書類の束を見つける。

「えっと……あった!二丁目のダイヤモンドマンションだって」

「よっしゃ、山田さん、ウチが八重垣さんおんぶしてくさかい、案内してくれるか?」

 言うが早いか、銀子はさっさと、軽々と環を担ぎ上げてしまう。

「……うん、わかった……」

 その思い切りの速さと力の強さにあっけにとられながら、浩子はそう返事するしかなかった。

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