最終章 蛇足
1 必然の尋問
ニョルルンはきょとんとした顔で一瞬だけ固まり、それから愛嬌たっぷりに首を傾げてみせた。
「パッヘルさま? いったいどうしたんだニョロん」
「とぼけなくてもいいよ」
パッヘルは真剣な眼差しでニョルルンを見据え続けている。
「今ならはっきり言える。私は魔法なんて使ってない。あいつらとの戦いの中で魔法を使っていたのは、私じゃなくてあなただったんでしょ? 頭の中でイメージして魔法を使うだなんて言ってたけど、いざ発動してみるとまるで私の思い描いたとおりにはなってなかったし」
ニョルルンは黙ったままだった。どう返事をしようか思案している様子だ。
「そして何より、私に巻きついていたあなたから殺気と言うか憎悪というか、とにかく禍々しいオーラをずっと感じていたの。あんな地獄みたいな光景を見せるには、さすがに平常心のままじゃ無理だもんね」
つまりパッヘルは戦闘中からずっとニョルルンを怪しんでいた――いや、むしろ確信めいたものを持っていたのだが、それを口にすべきかどうかを今の今までずっと悩んでいた。
なぜなら、それを口にしたらすべてが泡のように消えてしまう。長い夢から覚めてしまう。そんな気がしたからだった。
ただその一方で、この疑心を抱えたままこの先一緒に日々を過ごしていくのはさすがに無理があるなとも考えていた。
言わば必然の尋問。今日聞けなければ明日、明日聞けなければ明後日聞いていたに違いない。
未だにニョルルンは口を開こうとしない。まさか何か魔法を使おうとでもしているのか。今日の記憶をすべて奪い去ってしまうような。
そうだ。ニョルルンが本当のパッヘルなら、自分の記憶喪失はやはり彼の仕業だと考えるのが自然だ。
準備不足だったかもしれない。このまま記憶を消されてしまったら、何もかもが無かったことに……
「そうよね。やっぱり気づいちゃうわよね」
まったく聞き覚えのない女性の声がした。
同時にパッヘルはギョッとした。
ニョルルンから、あるはずのない足が生えてきたのである。
足が生えたというのは錯覚であり、ニョルルンはゆっくりと人の形に姿を変えていった。
二十歳を少し超えたぐらいの大人の女性だった。
誰がどう見ても美人だと答えるであろう整った顔立ちに、背中まで伸びた長い銀髪。頭にはパッヘルと同じ魔女帽子を被っていた。
胸もとの大きく空いたローブを着込み、そのたわわな胸が半分露わになっている。丈の短い裾からは長い足がすらりと伸び、これまたパッヘルと同じブーツを履いている。
ネックレスやイヤリングや指輪も見えた。ただそのどれしもにどくろの装飾を成されていて、なんていうか台無しである。
ニョルルンの突然の変身に、パッヘルはさほど驚かなかった。このような展開になることは充分に予想できたからかもしれない。ただ、新たなる疑問が降ってわいた。
「あ、あの……パッヘルだよね?」
パッヘルはおそるおそる彼女を指差す。
「なんていうか、私と全く似てないんだけど。私より美人だし、胸も大きいし……」
「ふふ、ありがとう」
ニョルルン――と呼んでいいものなのか、彼女は朗らかに笑みを浮かべた。狼狽えるパッヘルの反応を楽しんでいるかのようだ。
「服だって全然違うよ? 露出度が低いし、ってそれは私が高すぎるだけなんだけど……とにかく! どうしてみんな、私をパッヘルだと思ってるのよ! あなたが本当のパッヘルなんでしょ!?」
再確認するかのようにパッヘルは言った。
「安心しなさい。あなたは間違いなくパッヘルよ」
「え?」
パッヘルは眉をひそめた。彼女の言っている意味がまるで分からない。
「あたしはね。言ってしまえば、前のパッヘルかな」
「ど、どういうことなの?」
「五十年前の記憶喪失と今回の記憶喪失。そして世界でたった一人の、不老不死の魔女。あなたが得た知識を今の状況に結びつけて考えてみなさい。自ずと答えは導き出せるはずよ」
二度の記憶喪失と……不老不死?
グラントにとって母だったパッヘルと、恋人だったパッヘルと――
そこでようやくパッヘルは合点がいった。
「パッヘルは、世代交代している……?」
「はい、正解」
そう言ってニョルルンは小さな拍手をした。
「だから、今は間違いなくあなたがパッヘルってわけ。魔力もじきにあなたが受け継ぐことになるの」
「……ちゃんと説明してくれる?」
パッヘルはゆっくりとニョルルンに近づき、彼女の目前に立った。
「もちろん」
一方のニョルルンはベッドに腰を下ろし、それから足を組んだ。綺麗な足を見せつけるかのような艶やかな動作だった。
「ちょっと長くなるかもしれないけどね」
彼女がそう告げた瞬間、二人のいた部屋は、仄暗い神殿に変わった。
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