7 反撃の狼煙
ごく近くで、激しい爆発音が鳴った。
爆風に吹き飛ばされて四散する自分の身体を想像したが、不思議と何の感覚もない。
アザミはおそるおそるまぶたを開いた。
「ガ、ガナールさん!」
目の前にガナールの巨体が仁王立ちしていた。どうやら彼が身を挺して魔導師の攻撃から守ってくれたようだ。
「アザミ……」
苦悶の表情を浮かべながら、ガナールは首だけを後ろに向けた。
「パッヘルさまをよろしく頼むでごわす……」
そして、そう言ったきり地面に倒れ込んでしまったのだった。
アザミは急いで彼に駆け寄った。ゆさゆさと彼の身体を揺さぶる。
「ガナールさん! ガナールさん、しっかりしてください!」
「ちょっと! そいつまで死んじゃったの!?」
脇では妖精たちも心配そうにその様子を見つめている。
「こいつぁラッキーだ」
魔導師はにたにたと笑みを浮かべながら、こちらへ近づいてきた。
「厄介なオーガが勝手に逝っちまいやがった。あとは残りもんを処理するだけだな」
「なっ……!?」
「お? どうしたんだ? 魔物の分際で人間さまに歯向かうんじゃねえぞ」
魔導師を睨みつけたまま、アザミは無言で立ち上がった。
見開かれたその目は充血し、見る見るうちに瞳全体が真っ赤に染まっていく。全身の毛が逆立つと同時に、口もとに獰猛な牙が姿を現した。
「ど、どうしたの? 子ネコちゃん?」
突然のアザミの豹変に、妖精たちもおろおろとした様子だった。
「おのれぇぇぇっ! 人間っ!」
そう叫んだ次の瞬間、アザミは魔導師に飛びかかった。
アザミは自身に流れる魔物の血を沸き立たせることにより、身体能力を格段に上げることができる。
ただし体力の消耗が急激に増えるばかりか、普段の理性を失ってしまうという欠点もあった。だから、パッヘルにはこの姿になるのを禁止されているが……
こいつ……こいつだけは許せない……! 絶対に殺す……!
「くっ……!」
喉元を狙った鋭い爪の斬撃を間一髪でいなされる。息をつく間もなく次の一撃を目へ。しかし、それもまぶたをかすめるのみに留まってしまう。
やはり、この姿でも本来のキレが戻らない。
それでも、アザミは執拗に急所を狙い続けた。なんとか攻撃をかわし続ける魔導師だったが、次第に彼にも異変が見られ始めた。
「こいつ……! 駄目だ、殺られる……!」
恐怖で顔が青ざめていったのだ。
「死ね死ね死ね死ね死ねえええっ!!」
「うごおっ!」
ついにアザミの爪が横腹をとらえた。その拍子に地面に倒れ込んだ魔導師は、尻もちをついたまま後ずさりを始めた。
「こ、殺さないでくれぇぇ……」
脇腹からはじわじわとどす黒い血が溢れ出ていた。
アザミは何も答えず、尻尾の鞘から刀を抜いた。
彼女はすでに理性を失いかけていた。もはや動機も理由も何もない。目の前のこの男を死に至らしめることだけが自分に課せられた使命なのだと錯覚していた。
「や、やめろぉぉぉ……」
「死ね」
アザミが刀を振りかぶったその時、何者かが自分の足にしがみついた。
「も、もう充分でごわす……」
それはガナールだった。傷だらけの身体で這いつくばったまま、彼は必死にアザミを抑えようとしていた。
そんなガナールの姿を見た途端、アザミの中の魔物の血がすっと冷えていった。刀を鞘に収めた彼女は、さっとガナールの身体を支える。
「ガ、ガナールさん! 大丈夫なんですか!?」
「おいどんは大丈夫でごわす……とにかく、そんな姿になっちゃだめでごわす。パッヘルさまがそれを禁止しているのは、いつもの優しいアザミが好きだからなんでごわす。おいどんだって……」
「ガナールさん……」
「ちょっとあんたたち! 後ろ後ろ!」
妖精の声に反応し、アザミは慌てて背後を振り向いた。
油断していた。魔導師がいつの間にか戦意を取り戻し、すでにこちらへ魔法を撃とうとしているではないか。
「はっはっはあっ! 死ぬのはてめえらだ!」
「くそっ!」
ここで終わりかとアザミは落胆した。
しかし、自分をとめたガナールを恨むことはしない。むしろ、感謝するべきだと彼女は思う。あのまま魔導師を殺していたら、もう二度と主人に顔向けできなかったかもしれないのだから。
――パッヘルさま。
「死ぬ前にもう一度、お会いしたかったです」
そんなことを呟いた時だった。
「うわあああっ!」
「は?」
魔導師の突然の悲鳴に呆気にとられる。彼は顔を恐怖に引きつらせ、忙しなく周囲に視線を散らしていた。
「どうしたんでごわす?」
「さあ?」
アザミとガナールは顔を見合わせ、どちらからともなく首を傾げた。
「くるなあああっ! こないでくれえええっ!」
魔導師の声は鬼気迫っていた。しかし彼の視線を追ってみても、そこにはなんの異常も見られなかった。まさか突然、気でも触れてしまったのだろうか
そして、アザミの脳裏にぴんと閃光が走る。
これは……! この感じは、どこかで……!
「お二人とも、無事でしたか?」
「え?」
声がした方を振り向くと、まったく予想外な人物がそこに立っていた。
「シ、シープルさん!?」
シープルは無言で頷き、ガナールに手を差し出した。
その手を借りてガナールがなんとか立ち上がる。一方のシープルも自慢の執事服がボロボロになっており、たった今まで戦闘を繰り広げていたことを物語っていた。
「シープルさんもご無事で何よりです」
「やめろおおお……俺は美味くねえぞお……」
魔導師はいつしか膝をつき、涙を流しながら頭を抱えていた。
その魔導師を指差しながらガナールが尋ねる。
「これはシープルの仕業でごわすか?」
「まさか」
シープルはゆっくりとかぶりを振る。それから、自らの背後に視線を促した。
その姿を見た瞬間、アザミとガナールは彼女に飛びついたのだった。
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