3 全軍、突撃
「キルリーさま! ちょっと、キルリーさま!」
「ったく、うっさいわねー!」
空中で自軍の指揮に没頭していたキルリーだったが、しつこい呼びかけにようやく根負けしたようだ。不満そうな表情を浮かべながら、ふわりとミハエルのもとへ降りてきた。
「せっかくの楽しい宴を邪魔しないでもらえるかしら?」
「す、すみません」
反感を抑えつつ、ミハエルは言った。
「そろそろ我々の部隊にも命令を与えてもらいたいのですが……一応、キルリーさまの指揮で動くことになっておりますので」
ミハエルの部隊――すなわちジブナールの軍隊は、いまだ森から離れた場所で待機していた。
「えー? 別にいらないんだけどなー。邪魔になるだけだし」
「まさか! 魔女との戦い方は世界中のどの軍隊よりも熟知しておりますぞ!」
「でも、いっつも負けてんじゃん」
「むぐっ……!」
たしかに、そう言われてしまうと反論しようもないが。しかし、敢えて釘を刺す。
「失礼ながら申し上げます。キルリーさまは魔女パッヘルを侮ってはおられませんか?」
「はあー?」
これ以上ないぐらい不機嫌な顔になる。
「魔女のいない国に住むキルリーさまにはピンとこないかもしれませんが、奴の魔力は想像を絶するものです。それはもう、世界をひっくり返すほどの!」
「なんかむかつくー」
そう言ってキルリーは口を尖らせる。
「魔女の魔力は森の瘴気で強化されてるって、さっき聞いてなかったー? 今となっては魔女なんて、そこらの三流魔導師以下だってのよ」
「ですから、侮るのはよろしくないと……」
「分かった、わーたわーた!」
鬱陶しそうに手を振りながら、ちらりと後方に控えるジブナール親衛隊を見やる。
「そんじゃ、突撃で」
「突撃?」
「そこの道から真っ直ぐいけば、魔女の館にたどり着くんでしょ?」
そう言ってキルリーは森の入り口を指差した。
「今、アタシの魔導師ちゃんたちが周りからじわじわと攻め込んでるところよ。アンタたちは正面から突っ込んで、相手を撹乱してやりなさい!」
つまりは囮になれというところか。望むところだ。
ミハエルは背後を振り返り、高々と剣を掲げた。
「命令が下った! 全軍、突撃だ!」
「おおー!」
「暑苦しいことしてないで、さっさといけっての」
偃月陣の部隊が均整のとれた動きで一直線に森の入り口へと直進していった。ミハエルも用意された馬に乗り、その最後尾に加わる。
「進め、進めえー!」
士気を高めようとそう声を上げた途端、部隊の動きがぴたっと止まる。
兵士にぶつかりバランスを崩したミハエルは、そのまま落馬してしまった。
「ど、どうした!?」
何事かと顔を上げる。
「隊長! 森の入り口に何かが……」
「なんだと!?」
立ち上がったミハエルは部隊をかき分け最前線に躍り出た。
森の入口近辺には何人かの兵士が倒れ込んでいる。恐る恐る入り口へ近づいてみると、そこに薄っすらと結界のようなものが張られているのが分かった。
「あらあらー、ちーさな結界だこと」
いつの間にかキルリーも近づいてきていた。
「ここだけに結界を張っても意味がないってのにねー。まあ、どこに張ったって同じなんだけど」
そう言って彼女が手をかざすと、パリンと割れるような音とともに結界が粉々に砕け散った。
「隊長、人が……」
部下の一人が森の入口を指差す。すると、暗闇の中から一人の男がゆっくりと姿を現した。
「おじーさん?」
「キルリーさま、お気をつけください」
ミハエルはまた剣を抜き、キルリーの前に立った。
「奴は、魔女に魂を売った魔導師です」
「おお、無能隊長。久しぶりじゃのう」
とぼけた口調だが、その目つきはやたらと鋭い。鎧の上からローブを着込み、手には杖をついている。老いてはいるものの、その実力をミハエルはよく知っていた。
魔女パッヘルの右腕として知られる魔導師グラントだった。
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