5 お留守番

「ふん! ふん!」


 ガナールが巨大な斧を片手に、次々と薪を割っていく。


「ふん! ふんぬー!」


 なんだかいつもより気合が入っている。普段なら大量の生活物資を載せた荷車を引き、町からの帰路についている頃だろう。その仕事が奪われてしまったせいで、自慢の怪力を持て余しているのかもしれない。

 アザミとカナールは雑草が生い茂る館の庭に出ていた。

 薪割りは日課としている仕事の一つである。その材木もガナールがたった今森から数本抜いてきたところだ。

 アザミはその転がった材木に腰かけていた。


「うう、心配です……」

「またでごわすか」


 作業を中止し、ガナールが呆れた調子で言った。


「心配ないでごわす。あの町の人間は味方だって、アザミだって知ってるでごわす」

「それはそうですが……」

「アザミは人間が嫌いってだけなんでごわす」


 アザミはきっとガナールを睨みつけた。


「そんなの関係ありませんよ! パッヘルさまの状態を思えば、どんな危険があるか分かったものじゃないでしょう!」

「そ、そんなに怒るなでごわす……」


 ガナールはうろたえたようにそう言うと、ぶつぶつ呟きながら再び薪を割り始めた。


 一方のアザミはつんとした表情のまま目を伏せる。

 彼女が猫又になってしまったのは、兄弟が人間に殺されてしまったのがきっかけだった。

 人間に対抗する力を得た彼女は、怒りに任せて彼らに報復し、その結果人間たちから恐れられ他の兄弟たちからも拒絶されてしまったのだ。

 グラントとの関わりもあって、だいぶ人間に対する憎しみは薄れたが、やはり消えてはくれなかった。その感情はもはや自分だけではどうしようもないのかもしれない。


「ん?」


 二人は同時に顔を上げた。

 正門が開く時の、ぎぃという金属の軋む音がしたからだった。どちらともなく顔を見合わせると、代表してアザミが立ち上がった。

 館の正面に回り込み、正門の様子を伺う。すると、そこに予想外の人物が立っていた。


「グ、グラントさま?」

「た、大変じゃ」


 鬼気迫る表情でそう話すのは、確かにグラントだった。

 数時間前にパッヘルを連れて町へと発ったはずの彼が、どうしてここに?


「い、いったいどうなさったんですか?」

「パッヘルさまが! パッヘルさまが大変なんじゃ!」


 ぜえぜえと肩で息をしながら、グラントは町の方角を指差した。

 アザミの顔が真っ青になる。、


「パッヘルさまが!?」

「な、なんの騒ぎでごわすか!? って、グラントさま!?」


 ガナールも駆けつけてきたようだ。


「とにかく付いてくるんじゃ! パッヘルさまのもとに案内するぞい!」

「わ、分かりま――!」

「はいでごわすぅ!」

「ぐえっ!」


 駆け出すグラントを追いかけようとしたアザミだったが、後方から猛進してきたガナールに吹っ飛ばされてしまった。


「くっ……」


 歯を食いしばり立ち上がる。


「私も早く追いかけなくては……パッヘルさま、どうかご無事で――ひゃん!」


 再び駆け出そうとするも、今度は何者かに尻尾を引っ張られ阻止される。何事かと背後を見やると、いつの間に現れたのかニョルルンが尻尾に巻きついていたのだった。


「アザミ! ちょっと待つニョロん」

「どうして邪魔をするんです!? パッヘルさまの一大事なんですよ!」

「冷静になるニョロん。あのグラントさまはきっと偽物だニョロん」

「えっ!?」


 驚いてニョルルンの顔を見つめる。

 ニョルルンははあと呆れたように溜息を吐いた。


「あのグラントさま、パッヘルさまをさま付けで呼んでたニョロん。グラントさまはいつも呼び捨てで呼んでるニョロん」

「し、しかしそれは、突然忠誠心が溢れ出してしまったという可能性も……」

「なんて無理矢理な解釈だニョロん。他にもあるニョロん。あのグラントさま、杖をついてなかったニョロん。腕を振って元気に駆けていったニョロん」

「うっ……それは確かに変ですね。いくら忠誠心があっても、肉体は若返りません」

「これはきっと罠だニョロん」


 険しい表情をしながら、ニョルルンはきょろきょろと虚空を見渡す。

 やがて尻尾の先に石ころを巻きつけ、虚空のある一点に向けてそれを弾き飛ばした。


「そこだニョロん!」

「うひゃあ!」


 そんな声を上げると同時に姿を現したのは、羽の生えた小さな少女だった。

 サイズは小鳥とほぼ同等。花で作ったドレスでその身を着飾っており、銀色の長い髪の毛にも花のリボンを着けている。

 その無駄に整った顔には、苦渋の色が浮かんでいた。


「あ、あなたは……ピンキーさん!?」

「くっそー、バレちまったか! このクソヘビ野郎!」


 可愛らしい声色とは裏腹に、言葉遣いはやたらと乱暴である。

 彼女――ピンキーはいつも四匹でつるんで行動している妖精のうちの一匹だ。

 彼女らは常習犯だった。主にパッヘルが留守の時を狙って、ありとあらゆる悪戯を企てる。アザミたち館の住人は、この妖精たちの悪戯にいつも頭を悩まされていた。


「ほ、他の三匹はどこですか?」


 アザミも視線を上げ、他の妖精の姿を探す。


「一匹はグラントさまに化けてるはずだニョロん」


 妖精たちの狙いはおそらく、この館に何らかの悪戯を施すこと。偽グラントはそのためにアザミたちを追い出す役目を担っていたのだろう。となると、残りの妖精はここに……


「おっとアザミくん、尻尾の毛並みが乱れているよ」

「ひゃん!」


 何者かに尻尾をつかまれ、その場で飛び上がる。咄嗟に背後を振り向くと、そこに探していた二匹目の姿があった。

 同じく羽の生えた小さな少女で、こちらは黒を基調とした着物をまとっていた。おかっぱ頭と花飾りが愛らしいが、どこか掴みどころのない性格をしている。名前をヌーキーといったはずだ。

 ヌーキーはふわりと身を翻し、ピンキーの隣に並んだ。


「あ、あなたたち!」


 彼女たちを指差し、アザミは怒鳴った。


「いったいどこでパッヘルさまのことを知ったのですか!」

「パッヘルのこと?」

「なにそれ?」


 妖精たちはきょとんとした様子で顔を見合わせた。


「とぼけたって無駄ですよ! パッヘルさまの記憶喪失のことを知ったのでしょう? ひょっとして盗み聞きでもしていたんですか? なんという卑劣な……!」

「ア、アザミ……!?」


 なぜか狼狽えた様子のニョルルンを見て、はてと首を傾げる。


「そ、そんなの知らねーよ」


 ピンキーが腕組みしながら言った。


「あたいたちはパッヘルがあのじじいと一緒にどこかにいくのを見ただけだっての。今ならここには馬鹿しかいないから、悪戯し放題じゃねえかって思ったんだよ」

「へ?」


 途端にアザミの顔は真っ青になった。

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