魔女が魔法を忘れたとき~The perfect illusion~
@zenmai2
第一章 幻夢の魔女
1 少女の目覚め
少女はベッドの上で目を覚ました。
「ほえ……?」
おもむろに上半身を起こし、呆けた表情のまま周囲を見渡す。
見覚えのない部屋だった。
だだっ広い寝室のようで、ぼんやりと薄暗い。光源はカーテンの隙間から漏れる陽光のみだった。
少女はベッドから立ち上がった。同時に鈍い頭痛に襲われる。
「……いてて」
いったい、どのぐらいの間眠っていたのだろうか。額を手で抑えながら、昨晩の記憶をたどってみる。
――何も思いだせない。
不思議な感覚だった。記憶が仕舞ってあるはずの引き出しの中をがむしゃらに探るというより、そもそもの引き出しすらが存在しなくなっているというか。
次いで、自身が黒いビキニタイプの下着しか身につけていないことに気がつく。途端に肌寒さを覚え、一度くしゅんとくしゃみをした。
「なんだってのよ、もう……」
うんざりとしたように溜息を吐きながら、少女は改めて部屋の中を物色し始めた。それで何かを思い出すかもしれないという期待があった。
箪笥や戸棚など一見すると普通の家具が立ち並んでいたが、中には奇妙な――というよりも悪趣味なものも見受けられた。
壁や柱には燭台が並んでいるのだが、いずれも人の頭蓋骨――どくろの形をしていた。たった今まで自分が寝ていたベッドの飾り板は、白いフレームにこれまた白い大蛇が巻きついたようなデザインとなっている。
他にも悪魔のようなものが描かれた絵画が飾られてあるし、服掛けにはつばの広い魔女がかぶるような三角帽子とマントが掛かっている。いや、これはある意味ファンシーともいえるが。
「なんだってのよ……」
少女はもう一度呟いた。
彼女の足はおのずと部屋の一角に向かっていた。カーテンで閉ざされた窓や、部屋の入口と思われる扉を調査すべきなのは明らかだったが、それよりも先に確認しなくてはならないことがあった。
おそらくはその時点で気づき始めていたのだ。自らが置かれた世にも奇異なる状況に。
少女のたどりついた先には、全身を映すことも容易そうな大きな姿見が置かれていた。
一瞬だけ躊躇したあと、少女は姿見の前に立った。
そこに映る自分の姿をまじまじと観察する。
髪は赤毛で、腰の辺りまで伸びている。ぼさぼさなのですぐに手入れしてしまいたい。下着だけ身につけた身体は、なんというか、主に胸部あたりが貧相だ。悲しくなってくる。
顔に視線を移す。
十代半ばほどのあどけない顔立ち。目はぱっちりしているし、口唇もつやっとしていて色っぽい。若干鼻が低いのが気になるところだが、まあ美人と言っても差し支えないだろう。
少女は鏡に向かって怒ったように頬を膨らませてみた。続いて、しょんぼりと落ち込んだ顔、にこっと笑顔も見せてみる。
そして、ふと真顔に戻る。
――やっぱり、そうだ。
確かめるべきではなかったのかもしれない。何も考えずに、もう一度眠ってしまえばよかったのだ。もちろん、それで事態が好転するとも思えないが。
そして、少女はいよいよすべてを受け入れた。
「私、誰だっけ……?」
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