第四章 みつどもえの彩り

4―1 第四章 みつどもえの彩り

 カコーーーン


 乾いた音が室内に響く。的球がクッションに跳ね返ったあと暫くテーブルの上をさまよい、やがて静かにその動きを止めた。


「おっしい〜〜」

「ぐお〜! 俺の華麗なるバンクショットが‼」


 ここはゲームセンター内に併設されたビリヤード場。俺は小中が同じの山崎洋一と休日ここにきて、ナインボールを楽しんでいた。お互いに俺が海浜南高校、山崎が富士見ノ高校と別々の高校に進学することになったが、今でも親友である山崎とは時々こうしてつるんで遊びにいっている。


 気心の知れた友人の存在は有り難い。1人いるかいないかなだけで、人生の息苦しさが随分と変わってくるのではないかと思う。


「フフフ……、しかし山崎よ、そこからでは次の的球が当てられまい」

「おおっとぉ〜! 狙ったのか〜?」


 全力で打ったんだからそんな訳ないにも関わらず、てな感じで軽口を叩きながら過ごしているこの時間の安心感が心地良かった。


「山崎、お前、マッセは禁止だろ?」

「今はオッサン見てないから、だーいじょうぶ」


 キューの先端にチョークをたっぷり付けたあと、山崎がビリヤード台の脇に腰掛けキューを垂直近くに傾げる。そしてキューを2、3回小さく上下させたあと、


 カンッ!


 と白い手球を上から叩くと、弾かれた手球はキュルキュルと回転しながら緩い放物線を描いて隠していた他の球をかわして的球にヒットした。たまたま的球がポケットの近くにあった幸運も重なり、そのままポケットに吸い込まれていく。


「おぉ〜! やるなぁ〜!」

「今のは人生でもベストショットだな」


 ビリヤードに興じながらお互いの近況を話す。山崎は最近コーヒーを自分で淹れて飲むのが好きになったらしい。まだブラックで飲むのは苦手なのでクリームを少しだけ入れるそうだ。砂糖は入れない。曰く砂糖を入れるとそれはコーヒー飲料であってコーヒーとはまったく違う飲み物になるらしい。


 また、山崎の妹である弥生ちゃんの件はもう落ち着いたらしい。今でも西の弟君である直樹くんとは順調に交際継続中とのことであった。


「暇さえあればしょっちゅうRINEしてるわ。相手すんのも大変だろーに」

「青春だそれは。青春のなせる技だ」


 めずらしく山崎がボヤいた。シスコンだからと言うわけではなく本気で直樹くんのほうの都合を心配しているような口振りだった。そんなにひどいのか……?


「それで山崎のほうはどうなんだ? 兄貴としては妹に先をこされてると威厳に関わるぞ〜? お前も早く青春しろや〜?」


 俺はズルいと思いつつ若干動揺を誘う質問をして場外戦を仕掛けてみる。手球は的球を狙える位置にあったが、その先の角度が微妙だった。近況報告ではまだ山崎から浮いた話は聞いてなかった。


「ないなー」


 そう言って山崎がショットを打つ。力を8分目位にしたソフトショットだった。絶妙なタッチで的球がポケットに吸い込まれていき、ドロー気味に放って戻ってきた手球は次の的球を狙える絶好のポジションに転がった。


「ぎょえっ⁉ こいつはもう決まったなぁー。嘘だろ〜?」


 俺の揺さぶりを物ともせず山崎があっさりと正確なショットを決めていく。この日もここまででゲーム差はもうかなりつけられてしまっていた。


「ほんとにないない。あーでも、そう言えば、前に海で会った加賀谷のクラスメイトの東咲さんだっけ? からRINEがきてたような?」

「おっ? そこんとこ詳しく」


 そう言う意味で確認した訳ではなかったが意外なところから耳寄りな情報だ。今度また東咲が何か絡んできたらネタにしてからかってやろう。俺は話を聞きながらコーラを口にした。


「いや加賀谷、お前らのこと聞かれたぞ? なんで吉澤と付き合わないんだろうって?」

「ブフォ!」


 口に含んだコーラを盛大に吹き出す。

 ――何聞いてんだアイツ! 個人情報保護法で訴えるぞ!


「おいおい大丈夫か?」

「だーいじょうぶ、大丈夫。それで山崎はなんて返したんだ?」


 紙ナプキンで口元を拭き拭きしながら、今はそんなことよりももっと重要なことを尋ねる。


「わっかんねー。って、知りたきゃ本人に聞けば? だったかな?」

「……まーそうだわな」


 しかし聞いた相手が常識人で良い奴の山崎で良かった。どうやら肩透かしで終わったようだな。しかしこれはタダではおけんな……。


「今度もしまた聞かれたら、俺には心に決めた人がいるんだ。君という。って言ってたって返しといてくれ」


 俺が悪い顔をしてそう言うと、


「それ、ほんとにやってもいい奴なのかー?」


 呆れた顔で山崎が苦笑いする。山崎には少しブラックすぎたかもしれない。クリームが要るな。


「冗談だよ、冗談。俺も前に似たようなこと聞かれたから、今度はそう言ってやろーと思って考えてたネタだ」


 ――やんないけど。


「そりゃ、冗談で済まないだろー?」


 山崎がショットを放った。的球はもう最後のナインボールだ。勢いよく弾かれた9番の球が真っ直ぐポケットに吸い込まれる。しかしそれを打った手球もあとを追いかけて一緒にポケットに落ちてしまった。


「あちゃ〜! やっちまった〜」


 痛恨のミスをして山崎が悔しがる。後半ここまで連続で決めてきて気が緩んだか? はたまた力が入ったか?


「いただき〜」


 俺はホクホク顔で的球と手球を置き直すとウイニングショットの構えに入った。


「加賀谷は……まだひきずってんのか?」


 山崎がぽつッと呟いた。俺がショットした手球が難なく9番をポケットに沈める。テーブルの上にはライトに照らされた白い手球だけがぽつんと取り残されていた。まるで置きっぱなしにしたままの気持ちのようだった。


 ゲームには勝ったが腕のほうでは完敗だった。

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