3―10

「さーてと、あと片付けでもしますかー」


 用具係の俺たちには、まだ仕事が残っている。運動会で使った道具や備品を元の体育館倉庫に戻さなければならない。その中には3階の教室にあった例のスコアボードもあった。結構、大きいものなので4人で手分けしながら運ぶ。


「あら? これって使われていないはずなのに……?」


 ようやく、体育館倉庫の所定の場所まで運び終えたとき、江上がふと何かに気がついた。江上の視線の先を見ると、今は使用されなくなった緑組と黄組のスコアボードがそこに置いてあった。


「あれ? なんで?」


 陽子も不思議そうな顔をする。

 もう使用されなくなったはずの、そのスコアボードには、


 緑G 黄Y

  220 284


 の点数が表示されていた。


「誰がこんなことを?」


 江上はじっと考え込むようにしてそれを見つめていた。


「前に使ったときに、そのままにしたのかな?」


 稔もつられて手が止まる。


「おーい、みんな、考えるのはあとにして、早く片付けよーや?」


 俺の掛け声で、みんなも片付け作業を再開する。ようやく全てを元通りに戻し、体育館倉庫を閉めるとき、そっと背後に近づいてきた江上から、俺にだけ聞こえるような声で、


「加賀谷くん、あとでお話できないかしら?」


 なんとも意味深なお誘いを受けた。


 ◇


 教室に戻ると、他の係や実行委員の生徒たちの姿もちらほらあった。運動会の日であっても登下校は制服でなければならないため、教室に着替えを取りにきたりしていたり、思い思いに今日あった出来事を話し込んだりしていた。


「どっか、場所移すか?」


 俺は江上と2人で、教室の一番奥の窓際の自分の席に座る江上と江上の机をはさみながら、その一つ前の席に座っていた。


「いえ、結構よ。別に誰かに聞かれて困る話でもないから」


 そう言うと、江上は机からごそごそと筆記用具を取り出した。


「実はあなたに、見てもらいたかったのはこれよ」


 江上はスラスラとルーズリーフ式のノート用紙に何かを書くと、俺にそれを見せた。そこには、


 緑G 黄Y

 140 195


 と書かれてあった。 


「これがどうかしたのか?」


 俺がよくわからないといった顔で江上を見ると、


「確かにこれだったのよ」

「なにが?」


 江上は思い出すような感じで、斜め上をぼんやり見つめると、


「あのスコアボードの点数よ。私が午後にスコアカードを取りにいったときは」


 そう言って、ようやく俺のほうを向いた。


「確かか? 見間違いとかじゃなくて?」


 俺は念のため、一応確認する。


「ええ、間違いないわ。でも、さっき、あなたも見たときは220と284にかわってたでしょ? 一体誰が、なんのために、わざわざそんなことしたのかしら?」


 江上が興味津々といった顔で俺に聞いてきた。


「なんで、俺にそれを?」

「あなた、夏祭りのときに、いろいろ解決したじゃない? 私、こういうこと考えるの苦手なのよ。興味はあるのだけど」


 ――なるほど、そういうことか。最後の貝守りと弥生ちゃんのとこまでは話してないが、その手前までなら江上も知ってるもんな。


「わかった。じゃぁ、もう一回聞くが、ほんとに江上の見間違いとかじゃないんだな? 残りのスコアカードが近くに置いてあったから、視界に入ったとはいえ、なんで正確にそんな数字を憶えているんだ?」


 俺がそう聞くと、江上は目をランランさせて。


「それよ! よく聞いてくれたわ。あなた、今日の午前中の白組と赤組の点数を憶えてる⁉」

「あーー、なんだったかなー?」


 俺は憶えていたが、わざとわからないフリをしてとぼけた。


「114と106よ! つなげると114106になるの! これってポケベル用語で『アイシテル』の意味になるのよ‼」


 俺は、江上の属性として、もう一つ、彼女が恋愛脳であったことを思い出した。彼女はなんでもかんでも惚れた腫れたの話に結びつけたくなる性分なのだ。


「まーそれくらいは、俺でも知ってるよ。それで、それがどう関係するんだ?」

「女子たちの間で、それが結構、お昼に話題になってたの。写真撮ってSNSにあげたりとか。で、そのことが頭にあったから、これを見たとき……」


 そう言って、机の上の紙をシャーペンの頭でトントンと叩き。


「140と195。つなげると、140195だから『アイシテイナイ』になるの! ねぇ、これってただの偶然かしら! だから、私、絶対にこれを見間違ったり、忘れたりするようなことないわよ!」


 江上は鼻息を荒くして、少し顔を赤らめていた。声も少し上ずっているような気がする。


「つまり、江上はこう言いたいんだな? 誰かが、自分の気持ちは午前中のスコアボードの点数のような気持ちだと、誰かにそう伝えたとする。すると、それを受けたほうも、それに対する返答をスコアボードの点数で返そうと、体育館倉庫の使われていないほうのスコアボードを利用したんだと」

「ええ! そうよ! そこまでは全然考えてなかったけど。きっとそうだわ! さすがね、加賀谷くん!」

「いやいや、俺は何もしてないよ。ほとんど江上が答えを言ったようなもんだよ」

「うーーん、ただ、そうなると、これが問題なのよねー」


 そう言うと、江上はまたノート用紙に書き足した。そこには、


 緑G 黄Y

  220 284


 と書かれていた。


「どうして、また、それを直す必要があったのかしら? それで、この意味は一体、なんなのかしら?」

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