3―9

「それで、お二人さん。二人三脚の結果はどうだったい?」


 俺が聞くと、稔と陽子は2人揃って顔を朱くして、仲良く照れたあと、


「おかげで1等だったよ。恵一」


 代表して、稔が勝利報告をしてくれた。


「おぉ! そうか! 良かったなぁオイ」


 俺が稔の腕を軽く叩くと、稔は心底嬉しそうな顔をして喜んだ。


「陽子もな? おめでとう」


 陽子にもそう伝えるものの、こちらはまだ心ここにあらずといった、変な様子だった。


「どうかしたのか?」

「へょ! な……なんでもない! なんでもないよ!」


 俺が心配すると陽子がオタオタして手をフリフリした。いかにも何かありそうな雰囲気を醸し出しているが、陽子の場合このリアクションがデフォルトなのでなんとも言えない。


「聞いた話だけど、この2人ダントツだったらしいわよ。あんな速い二人三脚、今まで見たことないって言うくらい。海浜南高校の比翼の鳥だって」

「それは……、なかなかの二つ名だな……」


 だが稔、俺は知っているぞ、お前がその称号を得るために家に帰ってからもランニングをして、陽子のスピードに追いつくための走力をつけるべく、陰で必死に努力していたことをーー!


 俺の脳内で勝手な厨二設定ができ上がっていた。


「聞いた話って、江上さんも見てなかったの?」


 陽子がけげんな顔をして尋ねる。


「私も変な用事に巻き込まれて2人の栄光の瞬間を見逃したのよ。残念ながら」

「えっ? 僕たちがいない間に何かあったの?」


 稔もそれに反応した。江上はスコアカードが足らなかったこと、それを取りにいって届けている間に2人のレースが終わってしまったことなどを俺に説明したときと同じように稔と陽子にも話した。


「……という訳なのよ、加賀谷くんの水筒も盗まれるし、スコアカードも細工されるし、何か妙よね?」

「俺の水筒は盗まれたと決まったわけじゃないぞ?」

「江上さん、ゴメンなさい。私がうっかりしていたのかも……」


 江上の断定的な結論に俺と陽子が2人して意義を唱える。


「いえ! 吉澤さん! スコアカードは私も一緒にちゃんと確認したもの! 間違いないわ!」


 俺の意見は一旦スルーして、江上は陽子の意見を真っ向から否定した。


「まぁまぁ、点数係の人たちのほうで何かの手違いか勘違いがあったのかもしれないし……」


 稔が仲裁に入る。


「そうだな、いずれにしても、江上1人に係の仕事をお任せすることになって悪かったよ」

「加賀谷くんの場合は不可抗力でしょ?」

「だとしても、自分の持ち物をちゃんと見とかなかったのも、かわりに自販機で何か買わなかったのも、自己責任だからな」


 稔の流れに合わせて、俺も取りあえず江上の言うことは否定せず、江上をねぎらうことでこの場を収束する方向に話を持っていった。


「それに、こんなこと話してる場合じゃないだろ? お待ちかねのがはじまるぞ?」

「ハッ! そうだったわ……」

「ここは俺に任せて、先にいってくれ」

「あなたと話していると、ときどきリテラシーの崩壊が心配になるけど、あとはお任せするわ。悪いわね」


 そう言うと、江上は2年男子の棒倒しを見にいった。


「恵一も、あんまり無理しなくていいよ。体調万全じゃないんでしょ?」

「だーいじょうぶ、大丈夫。でもありがとな」


 俺の生存フラグはスルーだったけどな。


 ◇


 俺がいなかった間に、応援合戦や1年男子の綱引きなどは、もう終わっていた。

 応援合戦は3年の男子や女子が学ランやチアリーディング姿で演舞するものので、結構見応えがあったらしい。

 ネタで男女逆の仕込みもあったそうだ。見逃してしまい残念だった。


 2年男子の棒倒しは激しかった。こんなん、まだやっていいんかい? と思うくらいだった。棒の上の旗を取るか、棒を倒すかという超明快な単純ルールしかなく、直接両チームの男子がフィジカルで衝突するため、青あざを作るものや鼻血を出すものもいた。

 それでも校長はニコニコして見ていたので、あの人は結構、肝がすわっているのかもしれない。

 一応、BGMに『剣の舞』が流れていたが、誰も聞いちゃいなかった。

 普段はあまりお見かけしない男子生徒たちの闘争心で目がギラギラした顔つきは、やはり女子のハートには刺さるようで、黄色い声援が飛び交っていた。


 3年男子の騎馬戦は、棒倒しが集団戦でターゲットの旗に一極集中だとすれば、一騎一騎の局地戦がそこかしこに同時多発的であり、それはそれで、やはり迫力があった。

 ハチマキを奪い合う騎手たちの空中戦もさることながら、騎馬役の前衛が下でぶつかり合っている地上戦のほうも見応えがあった。

 なお、なぜかこの時のBGMにはベートーベンの『皇帝』が使われていた。これだけは運動会ではあまり聴かないナンバーのような気がしたが、放送部がどういう趣向でこれを選曲したのかは知るよしもなかった。


 最後の最後は3年のクラス対抗リレーで締めとなり、まだ熱気冷めやらぬ中、そのままの流れで閉会式が手短かにぱぱっと済まされた――。

 すでに残暑の日差しも傾き、グランドを覆う校舎の影もだいぶ長くなったころ、かくのごとくして、ようやく今年の運動会が無事に終了した。

 しかし、来年再来年は俺、五体満足で済むのかしらん?


 ちなみに最終成績は、


 白W 赤R

  310 296


 で、俺たち白組の勝利だった。

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