3―6

「なんだよお前ら、気合入ってんな」

「ったりめーだろが」

「外せないよ、これだけは」

「1フレームたりとも見逃さず、この目に焼き付けるんだ」


 たかだかパン食い競走に何言ってんだ? こいつら。と思っていたが、理由は競技が始まるとすぐにわかった。

 運動会の定番ナンバーの『天国と地獄』をBGMに、走ってきた女子たちが、竿から下がる何本かの紐の先についている洗濯バサミに挟まれたパン(包装袋入りのまま)を、手を使わずに口で取ろうとするのであるが、そのままでは届かない高さに吊るされているため、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねるのだ。そのたびに彼女たちの胸元のあんパンやメロンパンもバインバインと跳ねていた。


「おーーーっ!」

「今のはすごいな」


 手こずっていると、竿を持っている係が徐々に高さを低くしてくれるのだが、東咲が走ってくると、背も高く、バスケ部でジャンプ力もあるため、飛び上がると一発でパンを口に挟んでゲットしていった。思いっきり跳ねた分、発育の良いそっちのほうも大きく揺れていた。


「東咲、意外とあんだなー」

「っていうか、今、へそチラしたぞ、へそチラ」


 フェチっぷるなアホもいるようだが、同性としてその気持ちもわからなくもないと言えなくもないと思わなくもない。くっ……、俺この高校入って良かった!


「あっ! 次は瑛梨子様の番だぞ!」

「なにぃ! 瑛梨子様だとぉ⁉ 貴様ら刮目せよ!」

「瑛梨子さま~‼」


 一部の信者たちが期待で胸を膨らませる中、東咲以上に胸を膨らませた江上があとのほうから走ってくる。あまり運動が得意ではない江上であるが、必死にパンに食いつこうと飛び上がっていた。あまり土から足が離れていないようだったが……。


「「「…………!」」」


 男どもは皆、応援も忘れ心を奪われていた。その神々しい姿をどう言葉で表現したら良いのだろう? しいて言えば、たゆんたゆん、だろうか? 降臨した女神の姿に俺も思わず入信してしまいそうだった。


 ◇


「もう! ほんとに男子たちは最低ね‼」


 競技が終わってからの瑛梨子様のご機嫌は相当斜めだったようであるが、幸いにして俺は次の借り物競走に出場するため、その場からは避難していた。さて、どんなお題が待ち受けているやら。


 『道化師のギャロップ』の曲が流れる中、いよいよ借り物競走が始まり、出走した生徒たちが次々に箱の中からお題の書かれた紙を取り出していく。ある程度、いろいろな物が用意してある備え付けエリアからアイテムを探して持っていく生徒や、観客席から誰かの手を引っ張っていく生徒、中には校舎まで走っていく生徒までいた。


 ゴールすると、お題の内容を実行委委員の生徒が務める審査員が確認するとともに、その内容をマイクで読み上げる。今までで面白かったのは、トイレの便器と校長先生で、前者は備え付けエリアに便器があったので、単にそれを担いで走る絵がシュールだった。後者はマイクで読み上げたお題が『男性用カツラ』だったため、審査員は合格としたが、教員たちの顔が全員引きつっていた。幸い校長が人格者でニコニコ笑っていてくれたので大事にはいたらなかったが、下手をすれば、あわや大惨事となっていただろう。俺は今一度気持ちを引き締めた。


 そして、ついに俺の番となった。ピストルの合図とともに一斉にスタートして箱まで走る。急いでも仕方ないため、皆、全力疾走はしない。ここまでは楽勝だ――。俺は箱の中から紙を取り出して、それを広げてみると……、


「――げっ!」


 思わず声に出して叫んでしまった。お題の紙には『あなたの好きな異性の人(実在の本人に限る)』との、どうあがいても避けようのない、恐ろしいことが書かれていた。チクショー! やっぱ、フラグだったー‼


「やれやれ、しゃーねーなー」


 俺はやむを得ず観客席に走っていくと、一人の女性の手を掴み、


「お願いします! 一緒に来てください‼」

「えーっ! なに? ちょっとちょっと~⁉」


 半ば強引に、その人、さとみ姉さんを連れてゴールした。


「えー、加賀谷くんのお題はなんと! 『あなたの好きな異性の人(実在の本人に限る)』でした~!」

「「「おぉぉぉー!」」」


 審査員がマイクでそれを告げると、特に2・3年の先輩たちは、それが借り物競走一番の地雷カードだとわかっていたのだろう。大盛り上がりだ。


「ひゅー! 教師と生徒、禁断の愛か~?}

「加賀谷てめー、俺のさとみちゃんを~!」

「えっ、でも、苗字一緒じゃね?」

「なになに、あの2人、親戚なの?」

「なんでー、つまんねー」


 しかし、最初はバカ騒ぎしていたが、さとみ姉さんと俺がいとこであるネタが割れると、すぐに収束してしまった。やれやれ助かったぜ……。俺はさとみ姉さんにお礼を言って引き上げようとするが、なぜか、さとみ姉さんがモジモジしながら俺のほうを恥ずかしそうにチラチラ見つめていた。


「恵一くん~、あのね~、いとこは一応、法的にはね……」

「はいはい、面白いですね」


 一刀両断した。


「そこは冗談乙って返してくれるところじゃないの~?」

「その用法は俺の中では信者乙しか認めてません」


 さらに言えば冴えない女の子限定まである。


 さとみ姉さんの悪ノリもあっさりかわし、クラスの応援席になんとか無事生還した。だが、そこには江上が両手を腰にして仁王立ちで待ち構えていた。まだパン食い競走のときのこと怒ってるんだろうか……?


「許せないわ! 加賀谷くん! ……なぜ、異性限定なのよ!」


 来年は自分が実行委員になって変えてみせるわ! フンス! と、鼻息を荒くしていた……。

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