3―5
「ウンババ ウババ ウンバババ」
「ガンジ ガンジ ガンガンジ」
「レフメアンサクタ レフレメアンサクタ レフメアンサクタ」
前日に雨乞いの呪文を何度か唱えてみたが、運動会の日は見事なほどに快晴だった。残暑もまだまだ厳しく気温も上がりそうだ。これは今日一日でかなり焼けそうな感じである。タオルを首に巻いとかないと今夜のバスタイムが大変なことになりそうだ。いくらハチミツどきでも呑気にアヒルと泳いではいられまい。
用具係の俺たちの組は、運動会に必要な備品を体育館倉庫から出して、片付けるのが主な仕事だった。あとは、午後の部で何かあったときのアシスタントディレクター的な、ようは雑用係を任されている。
少し早めに登校し、あらかじめ伝えられていた指示に従い、玉入れの籠や玉、綱引きの綱、借り物競走の箱、パン食い競走の洗濯バサミつきの竿、ゴールテープなどを所定のところに置いていく。スコアボードはグランド側を向いている3階の教室のほうに運び入れた。
別の係はラインマーカーでグランドに白線を引いている。競技中にも書き直したりすることがあるので結構大変だ。他にも教員・来賓用のテントを設営したり、パイプ椅子を運んでいる係もいた。マイクやマイクスタンドといった音響関係は放送部の連中が仕切っているようだ。
「恵一、吉澤さん、見なかった?」
あらかた準備を済ませると、稔が陽子のことを探していた。
「さっきから見てないが、どうした?」
「いや……、時間があれば、もう一回だけ合わせておこうかなと思って……」
二人三脚の練習に余念がない。確かに合法的に陽子と肩を組めるのも今日限りだしな。しかし、いくら好きだからといって、よくあの全力疾走に何度も付き合おうという気になるものだ。愛の力は偉大だな。俺はあたりを見渡し、少し先に江上がいたので、そこまで駆け寄って声をかけた。
「江上、陽子を見かけなかったか?」
「吉澤さん? さっき、そっちのほうに歩いていくのを見かけたけど?」
その江上が指差した体育館倉庫のほうから、ちょうど陽子がこちらに歩いてくるところだった。
「陽子、まだなんかあったのか?」
「えっ⁉ う〜うん⁉ 別になんにもないよ! どうしたの⁉」
陽子がぶんぶんと首を横に振りながらやってきた。相変わらず一つ一つのしぐさがオーバーな奴だ。
「稔がもう一回、練習しときたいそうだ」
「OK。いってくるー」
俺が伝言を伝えると、陽子はそう言って、テッテッテーと可愛く走っていった。普通に走ればいいのに……。なにげにそれを目で追っていると江上が話しかけてきた。
「加賀谷くん、そういえば知ってる?」
「いや、まだ聞いてないし、それでわかったら俺、エスパーだし」
「小学生並みに面倒くさい人ね。あなたの出る借り物競走のことよ」
「えっ、なんかヤバいことあんの?」
なんだろな? 八つ当たりのような気はないはずだったが、つい江上に、しょうもない返事を反射的に返してしまった。しくじったなと思ったが、心配をよそに意地悪くニヤリとほくそ笑む江上を見て別の意味でヒヤッとするものを感じる。
「噂ではこの高校の借り物競争には当たりのカードがあるそうよ。中には公開処刑級のものもあるみたい」
――えっ、何それ? フラグですか⁉
「マジか⁉ そんな話聞いてねーよ!」
「フフフッ……楽しみね」
うーん、借りてくる物のお題が腐女子とかだったらどうしよう? 江上を持ってったら、どっちが処刑される側かわからんぞ? 考えてることがバレないように、俺は別のことを口にした。
「あー、なんだ、江上はどの種目に出るんだっけ?」
「……私は、パン食い競走よ……」
江上は嫌なことを思い出したような顔つきで、吐き捨てるようにして言った。
あー、さてはお前もじゃんけんで負けた口だな。
「まぁ、なるべく早めに熱中症で気分でも悪くなって、保健室にいくことにするわ」
「いやいや、甘いな江上、隣に住んでる一人暮らしの主人公にご飯を作るようになって、完落ちしたあとの美少女ヒロイン並みに甘々だぞ、それは」
「なによその例え? さっぱりだわ」
「午後からは、応援合戦、2年男子の棒倒し、3年男子の騎馬戦と、見どころが目白押しだぞ? お前はそれを見逃すというのか?」
「ハッーー!」
江上が手を口で押え、顔を赤くする。今、彼女の頭の中ではいろいろな想像シーンが走馬灯のようにめぐっているに違いない。
「くっ……! これは確かに外せないわね‼」
「だろ? 諦めるんだな」
そもそも午後から俺たち雑用係だよ。さぼんじゃねーよ。
◇
一応、それなりに入場行進をおこない、退屈な挨拶に、選手宣誓、注意事項の連絡など、型通りの開会式が終わると、いよいよ運動会の競技が始まった。なお、A組とC組が白組で、B組とD組が赤組だ。少し前までは緑組と黄組もあったそうだが、今は少子化で生徒数が減ったため白と赤だけになったそうだ。実行委員の説明のときにそう言っていた。
競技が進んでいき、1年女子のパン食い競走が始まる。我が1年A組からは、東咲や江上といった顔なじみも出場する。俺も応援しようと意気込んでいたが、すでにクラスメイトの男子たちがトラックの際までかぶりつきで応援のために陣取っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます