2―6 第二章 後編 夏祭りの思い出
「おー、待たせたな。前島」
「あっ、加賀谷くん、……にっ、よ……吉澤さん! 大丈夫、僕も今来たとこだよ‼」
夏祭り当日の夕暮れどき、神社の境内へと続く夜店が並ぶ通りの少し手前の待ち合わせ場所で、俺と俺の幼馴染みである吉澤陽子は、前島と合流した。
「前島くん、こんばんは」
ニコっと、陽子が笑顔を向ける。
「こ……こんばんは……」
俺と陽子と同じ海浜南高校の、これまた同じ1年A組のクラスメイトである前島稔は、想い人たる陽子から一般常識の範囲を一分も超えない挨拶をされただけですでに舞い上がっていた。いや、挨拶だけというのは少し語弊があるかもしれない。
「吉澤さん、そっ! ……その浴衣、とっても可愛いね! よく似合ってるよ」
「そっかな……? あっ、ありがとう……」
そう、今日の陽子は白地に金魚と水色の水輪の柄の入った浴衣姿であり、普段からも、まぁ、幼馴染みの俺からしても『可愛い』のではあるが、今日はそれがさらに割り増しされている。片思いの相手の浴衣姿など、特に普段は制服しか見たことがない前島にとっては破壊力抜群だろう。
一方の陽子のほうも、最近、短髪にしてから韓流アイドル系のなかなかなイケメンであることが発覚したクラスメイトの男子から掛け値なしの称賛の声を浴びせられ、普段からほのかに朱い頬をさらに染めて、嬉しそうに照れていた。
いやー、いい雰囲気ですわ。
「誰かさんとは……違って、前島くんは褒め上手だね?」
「そんなことないよ! 本当に可愛いよ!」
――うん? 今なんか言いましたか? 家が近所同士の俺と陽子は一緒にここまで来たわけだが、「どう?」と最初会ったときに聞かれて、ちゃんと「いんじゃね? 夏らしくて」と、素直に褒めたはずだが。そうか照れ隠しだな。そういうことにしておこう。
そんなことを思い出して考えていると、後ろから声をかけられた。
「ごめんなさい、お待たせしたわね」
振り向くと、そこには、黒地に黄色の朝顔模様の浴衣を着た、黒髪の美少女が少しはにかんだ顔をして立っていた。
「えっ……、だれ?」
思わず口ずさんでしまう。だって、こんな美少女に知り合いいないし。
「はぁ?」
すうっと細くなった目で睨まれると、何やら既視感を覚える。
「えっ! もしかして、江上さん⁉」
さすがは女の子同士の陽子がいち早くそれに気づくと、その衝撃の事実を俺たちに告げた。
「えっ、江上⁉ 江上なのか!」
「わぁ、江上さん? 普段と雰囲気違うねぇ」
俺と前島もそう言われて、ようやく、目の前にいる美少女が、俺たちのクラスメイトである、委員長風なのに実は委員長ではない、江上瑛梨子であることに気がついた。
「なによ、誘っておいてわからないなんて失礼じゃないかしら? 加賀谷くん」
「いや、だって、お前……。そんな綺麗じゃ、誰だかわかんねーだろーが、普通」
「ペシっ! 確かに凄く大人っぽいし、綺麗……」
俺の心が「Ouch!」と叫んだ。叩かれた腕をさすりながら、俺は隣の陽子と江上との会話を聞く。
「そっ……そうかしら、まぁ、いつもは眼鏡だけど、今日はコンタクトにしているから……、違って見えたのかも……⁉」
「ううん、それもだけど、それだけじゃないよ。髪をアップにしているから、それもとってもよく似合ってる!」
江上は、普段は肩まで伸ばした黒髪を、今日は後ろのほうで結って上げているため、首もとからうなじのラインが強調され、いつもより大人びて見えた。少し残った横髪も、耳もとを艶っぽく魅せている。眼鏡ではなくコンタクトをしていることから、普段は気づかなかった、小さな泣きぼくろまで印象的だった。これはとても同じ年とは思えない。誰と、とは言わないが……。(「いてっ!」)
江上は、自分では褒められ過ぎと感じたのか、少し恥ずかしそうな顔になり、
「そのっ、あんまり……そんなジロジロ見ないでもらえるかしら……?」
と、モジモジしながら言った。
「おっ、おう。すまん」
そう言いながら、また腕をさすりつつ視線を外そうとするものの、どうしてももう一箇所、俺の目を釘付けにして離さないものがあった。江上は普段着やせするタイプなのだろうか? 今日は帯で強調されて、たゆんとその上にあるものがその存在感を主張していたのだ。
「ペシっ! 恵くん。江上さんが、恥ずかしがってるから」
「いでっ! わかったよ! 口で言えばわかるって‼」
――さすがに腕が痛くて目が潤んできた。
しかし、黒髪眼鏡美人の委員長風で巨乳なんて、ある意味、様式美じゃないのかしら?
そんな馬鹿なことを考えていると、
「吉澤さんもその浴衣、よくお似合いよ。とっても可愛いわ。 あと、前島くんも……、その甚平、とっても素敵ね」
と、江上が陽子に褒め返しをしたあと、前島の恰好にも言及した。そう、今日の前島は祭りの男の子らしく、紺の甚平服姿だったのである。
「確かに、男らしくていいよな。前島」
俺も親指をグッと立てて、江上の言葉に同調する。
「そっ、そうかい、ありがとう。加賀谷くん……」
前島は身体つきが細いため、実際のところは、白い肌をした薄い胸板から鎖骨のラインが襟もとから覗いて、どちらかと言えば男性的というよりも中性的な感じであったが、ここは陽子の手前、少し加勢しておくことにしよう。
「それに比べて、加賀谷くんは……、普通ね」
そう、俺はTシャツにジーンズと、今日も普段とはあまり変わらない出で立ちであった。
「あっ、でも、その皮のネックレスは恰好いいよね!」
江上からの辛辣な批評に、前島がフォローを入れてくれる。いい奴だ前島、よくぞ気づいてくれた。ちょっと、Tシャツだけだと素っ気ない感じがして、アクセントのつもりでしてきたんだよね。
「えーっ? でもなんか厨二くさい……」
「な……⁉ 陽子‼ おまっ……!」
――お前! 世の中には言って良いことと悪いことがあんだろーー!
叫びそうになる言葉をグッと噛み殺す。不条理を感じつつも、そりゃ実際、中二のときに買ったもんだしぃ、そういうのがいいと思ってた年頃だったしぃ、今さら普段はしないけど、今日は祭りの熱気に少しあてられてしまっただけだしぃ。
陽子のクリティカルヒットに客観的に自分を見つめることができるようになってしまった俺は、急に押し寄せてくる羞恥心で一杯になった。
「そんなことないよ! 吉澤さん。加賀谷くん、僕はいいと思うよ!」
想い人の陽子にすら反論することを厭わず、前島が必死にフォローしてくれる。ほんまええやっちゃ。
「ありがとな、前島。大丈夫、言いたい奴には言わせておけ。あと、俺たちは友だちだから、俺のことは、いちいち『くん』付けで、呼ばなくてもいいからな?」
「あ……ありがとう。嬉しいよ」
前島が少し朱くなって恥ずかしそうに喜んだ。
「はぁ~~っ……尊い……」
――オイ、江上。なに顔赤らめて、目をキラキラさせてんだよ! 台無しだな! いろいろ。
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