第二章 夏休みの思い出

2―1 第二章 前編 海水浴の思い出

 中間テストもなんとか乗り越え、無事夏休みとなった。


 俺は夏休みの宿題を1人で計画通り進める自信がなく、今日は昔から顔なじみの友人を巻き込んでの勉強会を我が加賀谷家に招いて、今こうして4人でおこなっている真っ最中である。


 かくいうメンバーは、俺と、俺の小学生のときからの幼馴染みで、また同じ海浜南高校に進学し、これまた同じ1年A組のクラスメイトになるという、奇跡的な偶然が重なり、もはやこれ運命じゃね? と思わなくもなくもないのだが、その辺は諸般の事情によりノーコメントとさせて頂く、近所に住む吉澤陽子。先々週、めでたく満16歳になられました。


 そして、あとの2人というのは、1人は同じ地区に住んでいて小学生の間は俺と陽子と毎日一緒に登校していた、幼馴染みの西奈菜穂にしななほ


 で、もう1人が俺の親友と言っても過言ではない、小中と1番仲の良かった山崎洋一やまざきよういちである。もっとも、いくら山崎が俺の親友であるとはいえ、たまたま俺の1つ前の席になったりとか、文武両道のイケメンとか、ましてや攻略ヒロインの好感度を教えてくれたりだとか、そんなチートな能力は持ち合わせていない。


 ただ、俺と山崎とは昔から波長があって、ずっと親友として過ごしてきたのだ。そして、それはお互い別々の高校に進学することになろうとも簡単に崩れることのない信頼関係だった。


 ちなみに、この山崎と西は同じ高校に進学している。お互いの家からちょうど中間の地域にある富士見ノ高校だ。富士見ノ高校は家から自転車で通学できる距離にあるため、通学電車で山崎や西に会うことはない。なので、今日の勉強会で2人に会うのは久しぶりだった。

 補足すると、山崎と西は同じ高校に通っているとはいえ、そもそもあまり接点はなく、あくまで俺や陽子を介しての付き合いでしかなかった。


「あー、ところで、山崎と西は学校で話したりするのか?」


 勉強も一段落したところで、俺はなんとなく気になって2人に尋ねてみた。


「いんやー、まったく。せいぜい同中おなちゅうってことぐらいしか話題ないし」


 と、山崎が言えば、


「そうねー。通学も全然別だし、クラスも違うし、ガヤと陽子ちゃんみたいなことはないねー」


 と、西が答えた。ちなみに西は俺のことを昔から「ガヤ」と呼び、俺は「西」と呼んでいる。なぜ「奈菜穂」と呼ばなかったのかと言えば、初めて小学生の時に会った西はマッチ棒みたいにガリガリで、しかもショートカットだったため見た目が男の子のようだった。なので、「奈菜穂」と女の子の名前で呼ぶよりは「西」と苗字で呼ぶほうが俺的にはしっくりきたのである。


 そんな西も中3の終わり頃から急に第二次成長期となり、陽子と同じくらいの背丈だったのが、急に背が伸び、出るとこはそこそこ出て、引っ込むとこは元から細く、すっかり女の子っぽくなった。髪はショートカットのままだが、今では八重歯が印象的な美少女である。


「西はさー、高校に入ってから、すっげーアイドルでさー。俺は同じ中学だったってだけで、たまに紹介しろって言われて困ってんだわ」

「山崎が、山崎んとこで止めてくれてるから、助かるー」


 大体そんな感じだった。


「陽子ちゃんは……どう? 上手くいってる?」


 西が特に『何が』とは指定せず、陽子に向かって何か思わせぶりな質問を投げかけた。


「……まぁ、一日にして成らずだよ。奈菜穂ちゃん」


 陽子もまた『何が』とは言わずそう答える。


「でも、その銀色シルバーのイヤリング、とってもよく似合ってるよ?」

「あーこれね。これは自分で自分のご褒美として買ったんだよー。誕生日にねー」


 そう言って、陽子がなぜか俺のほうに殺意のこもった視線を送ってくる。


 ――なんだよ。それについては充分、説明責任は果たしたろーが。


「いやぁ、大変よくお似合いだと思いますよ。陽子さん」


 俺はとりあえず平和的な解決を望み、内心は隠してそのような社交辞令を贈り返した。


「えーっ、ガヤったら、全然、気持ちこもってなーい!」

「加賀谷、さすがに今のは男の俺でもわかるぞ?」


 友人たちからの思わぬ集中砲火である。なんということだ? 俺は今、ジト目で睨み返してくる陽子と相まって、完全にアウェー状態じゃないか。ここは俺のホーム(家)だと言うのに!


「でも、ほら? あれじゃん。シルバーのアクセサリーって、やっぱ19歳のときでしょ? 記念としては」


 俺がなんとかこの場を誤魔化そうと、なんとなく中途半端な知識でそう言うと、


「え……?」


 陽子が耳まで赤くなった。色白だから顔色が変わるとすぐわかるな。


「ひょー。だってさ、陽子ちゃん。これは3年後に期待だね〜」


 そう言って、西が冷やかしを入れる。


「ちょっと待て、俺はあくまで一般論としてだな――」


「それより、まぁ、勉強もだいぶはかどったことだし、ゲームでもすんベー」


 山崎がこの話はここまで、というように割って入った。さすが我が友よ。やっぱりお前は親友だ。


「よし、じゃあ、いつものように人生ゲームを出すとしよう」

「おいおい、加賀谷。ここは、そこのレースゲームで盛り上がるところじゃないのか?」


 そう言って、山崎がTVゲームの本体とコントローラを指差す。


「TVゲームは1人でもできる。しかし、人生ゲームは誰か友だちが一緒じゃなければできない。証明終わり。そもそも俺はアナログ主義なんだよ」


「「「え〜〜〜」」」」


 3人からブーイングの声があがったが、それでも、やれやれ仕方ないなというふうにみんな机の上を片付け出した。そう、なんやかんや言いながら俺たちはこうやって仲良く付かず離れず居心地の良い関係を作り上げてきたのだ。西が中学になってから俺にバレンタインにチョコをくれなくなったとしても、それが陽子との間でどういう折り合いをつけてのことだったのかとしても、そんなことは俺が知るよしもないことだった。


 ちなみに人生ゲームには昔は最後にゴールしたあと、自分の子供が売れるようなルールがあったらしい。さすがはアメリカンなゲームだぜ。子供心に世間の世知がなさを教えてくれたものである。いっそ情操教育のツールとして全国の小学校に配布すべきではないかと思う。


「あー、それでもう夏だし、今度、海とかいかねー?」


 同志山崎から唐突にそんな提案があった。海水浴だと……?


 その発言に、陽子がぴくっと身体を震わせる。


「あー……私はいいかな。水着持ってないし。そもそも恥ずかしいし……」

「陽子ちゃんがそう言うなら、私も遠慮しとくよー」


 女性陣からは秒で却下された。えっ? 水着回は? 水着回ないの?


「そっかー。じゃあ海は加賀谷と2人でいくとして、夏祭りはどうすんだー?」


 山崎がそれならと、今度は別の提案をしてくれた。


「すまん、山崎。俺と陽子は今年は高校のクラスメイトと一緒にいくことになったんだ……」


 俺は本当に申し訳ないように、顔の前で手の平を合わせた。

 そもそも、今日の勉強会も前島を誘ってやろうと企画していたのだが、あいつは家の教育方針で夏休みは塾通いとのことであり、血の涙を流して悔しがった。あまりに不憫だったので、せめて夏祭りぐらいはと思ったのである。


 前島には夏休みは会う機会が少なくなるが、夏のうちに身体を作っておけと進言しておいた。新学期になったら腹筋バッキバキになってないか密かに期待している。


 そんな会話を2人で密にしていたら、江上が「カガ×マエっ……(爆)」とかブツブツ言いながら熱っぽい視線を向けていたので、なんとなく成り行きで江上も誘い一緒にいくことになった。江上を誘ったと言ったときも陽子から殺気を感じたような気がしたが、まぁ気のせいだろう……。


「そっかー、じゃあ、まぁ、ひとまずそういうことな!」


 山崎は嫌な顔ひとつせずそう言って、ニカッと笑った。本当にこいつのこの天真爛漫な性格に、俺はどれだけ救われてきたかわからない。

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