1―5
この学校の裏庭は特別教室がある棟に奥まっていて、周囲から目のつきにくい場所にあった。
その横にはリサイクルヤードがあって、必ずしもロマンチックな舞台が完全にそろっている場所とは言い難いのだが、ここで意中の人に告白する生徒も少なくはないらしい。まぁ、真逆の意味で呼び出しをくらって、酷い目にあわされるスポットとしても活用されているらしいけど……。
みんな、そういう情報だけは耳が早いんだよな――。
「さて……っと、ここに何があるってわけでもないが……」
俺は勝手に独り言をつぶやくと、溝の中や焼却炉の中を覗き込んだりして、何か手がかりになるようなものはないか探した。
「ん……?」
リサイクルヤードの再生紙用の黄色いカートの中に、印刷ミスしたA4のコピー用紙が散乱しており、その上にそれらとは別の紙切れが捨ててあるのが目に入った。
拾い上げて見てみると、どうやらノートの紙を誰かが破って捨てたようだ。
「これを……こうして……と」
それほど細かくは破かれていなかったので、パズルのようにつなぎ合わせると、そこには、
『裏庭で待っています
お伝えしたいことがあります』
と、書かれていた。
「ふーん、なるほど」
俺はついでに、その下にあったA4のコピー用紙をめくり、もう他には何もないことなど確かめたいことを確かめると、そこから1枚取って折り畳み、さっき拾ったノートの紙片をばらばらにならないように、そこに挟んでポケットの中にしまった。
「さてと、帰るか……」
裏庭から校門に向かって歩きながら、ふと思いついたことを確認したくなったが、今から1人で保健室にいくと間違いなく捕まって長くなりそうな予感がしたので、俺はスマホを取り出し、”聡美さん”に電話をかけた。
「はい。加賀谷です」
「あぁ、さとみ姉さん? 恵一です。さっきのことで、もう一つ……」
「もぉー、なんで、あんなに急に帰っちゃうかなー! もっとゆっくりしていけば良かったのにー!」
番号で俺のスマホからかけていることはわかっていたはずだが、一応、俺自身がかけたことを確認してから通常運転になった。やっぱ大人だ……。
「ごめん、ごめんって。それで聞きたいんだけど……」
「今度、陽子ちゃんとの関係について、じ~っくり話を聞かせてくれるならいいよ?」
「いや、それなら小学校からの幼馴染みです。QED、証明終わり」
あれ? なんで吉澤じゃなく、陽子ちゃんって……? あぁ! そうか! そう言えば、さとみ姉さんの前でさっき陽子って呼んでたな、俺。(しかし、本当に油断も隙もないな……この人!)
「ひゅ〜、照れちゃってー。お姉さんに正直に話してみ? み?」
「だから違うって。それより今日、裏庭から歩いてくるのを見た体操服の女の子って、手に何かぶら下げてなかったかなー? 巾着袋とか?」
「うーん? なんでそんなこと……? あぁ! そうそう、持ってた、持ってたよ、確かに!」
俺はその巾着袋の色や柄など、さとみ姉さんの憶えている範囲で聞くと、礼を言って電話を切った。
◇
「なんで、そんなことが気になるのー? あ~また、恵一くんの好きな探偵ごっこね……?」
最後に、さとみ姉さんに言われた言葉を頭の中で反芻しながら、やっと帰りの駅のホームに到着すると、ちらほら電車を待っている人の中に陽子の姿があった。鞄を身体の前に両手で持ってぶら下げている姿が絵になっていてちょっぴり萌えてしまう。
「あれ……? どしたの?」
「……違うし! 一つ前の電車にギリギリ間に合わなかったから、次の電車待ってただけだし!」
――あれー? 少しキャラ変わってませんか?
「別に、何が正解とも言ってねぇんだから、何に対して間違ってんだよ……」
「…………用事は終わったの?」
多少まだヘソを曲げているご様子ではあるが、やや童顔の可愛らしい頬がほんのり朱く染まって、ようやくいつもの顔色を取り戻していた。
「あぁ……、まぁ、ぼちぼち。まだ全部じゃないけど……」
その時、ちょうど電車がホームの中に入ってきたので上手く誤魔化せた。俺たちは一旦、電車に乗ると正面側に海が見えるほうの席に並んで座った。
車窓を流れる海外線の景色は毎日その姿を変え、いつ見ても飽きることがない。今日この時間は、夕日が水没した直後のグレーの空と海との間にわずかに茜色の境界領域を形成していた。
「あ〜ぁ、でも、なんでかなー? 何回も探したのに……」
陽子は、今日、自分に起こったハプニングに愚痴をこぼしていた。
「探しものは一度なくなると、同じ人は同じところを何度も探すから、結局、見つからないんだよ。ちょっと時間をおいたら見つかること、よくあるだろ?」
「うーん、そうだねー。ほんとそれ……」
取りあえず、本人の中では生徒手帳が無事見つかったことで気持ちの整理は着いたようだ。
「そういえば、保健の先生のお姉さんにあとで謝っておいてね? 勘違いでお手間を取らせましたって」
「いやぁー、さとみ姉さんは心が広いから、そんなこと一々気にしなくったっていいだろー?」
「駄目だよ! ちゃんと謝っておいて!」
「あーっ、わかった、わかったから」
俺が面倒くさくなって適当に相槌を打っていると、陽子が思い出したようにからかってきた。
「そう言えば、恵くん……、さとみさんに見惚れていたよね? ぽぉ~って」
「んぁ? 何言ってんだよ、そんなことねーよ、何歳の時から知ってると思ってんだよ、って、言いたいところではあるんだけど、今日はでも、まぁ、あれかな?」
「……何かな?」
「今日は、なーんか、あのイヤリングに魅かれちゃって……。いやぁ、良かったなぁ~、イヤリング」
「ふぅ~~~ん」
うん。いつもはプライベートでしかあんまり会わないから、アクセサリーや口紅をちゃんとしているさとみ姉さんは、新鮮で、普段よりもさらに大人っぽくて魅力的だった。俺は正直に思ったことを吐露した。真実がいつも最良の結果をもたらすわけでもないのに。
そのまましばらく電車に揺られていると、陽子がポツリと呟いた……。
「7月16日……」
「えっ?」
「だから、来月の7月16日だよ。私の誕生日。イヤリングありがとうございます」
「どうして、今の話の流れでそういう話の流れになるんだよ?」
「ならないの?」
「ならねーよ! 大体、今まで誕生日は特に何もしてこなかったじゃねーかよ」
陽子は、んぐぐ…っと何か微妙な表情をして、完全に日が沈んで暗闇に染まった窓の外の海のほうに目をやると、下唇をギュッと噛んでこちらを向かなくなった。
「それに、いっぺんそういうこと始めると、ずっとやんなきゃならなくなるだろ? やめる時のタイミングが難しくなるんだぞ? 俺が贈ったのに、次の年、お前から何も貰えなかったら、絶対泣く自信あるぞ、俺」
なんとなく変になったこの場の空気を変えようと、そんな冗談めいた言い方をして茶化してみようとするが、どんどん泥沼にはまっていくような気がする。
「あと、そもそも、お前の誕生日なんて知ってるから! 何年の付き合いだと思って……あ~っ⁉」
俺はそこで額に手の裏を当てると、急に頭の中がごちゃごちゃして目をつぶった――。
陽子はずっと窓の外を見つめたまま、それからもう何も話さなくなった。
――なんだよ、このラブコメの波動は……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます