1―3
「おぅ……っと?」
「あっ……?」
「……あら……?」
俺と陽子が教室に戻ると、そこには先ほど名前があがっていた第三の女、江上瑛梨子(えがみえりこ)が教室の隅っこの自分の席に座っていて、入ってきた俺たちに気がついた。
「……あなたたち、まだ残ってたの?」
肩まで伸ばしたストレートの黒髪と黒縁のメガネが、いかにも委員長タイプといった感じの江上が、書きかけのシャーペンの頭を顎につけながら俺たちに向かって聞いてきた。何かを言いたげな憂いを持った口元が魅惑的でつい返事がドモってしまう。
「ま、まぁ、ちょっと。え、江上は何してたんだ?」
「見たらわかるでしょ? 学級日誌つけてたのよ。私、今週日直だから」
普段からクールビューティな感じのする江上であるが、イメージどおりの事務的な口調でそう言った。
「まだ残っていくの? なら、早めに済ますわ。仲良しさんの邪魔しちゃ悪いし」
そう言って、チラっと陽子のほうを見た。
「あっ、いやっ、江上にちょっと聞きたいことあるんだけど、いいか?」
後ろにいた陽子の反応が気にならなくもなかったが、俺はそれよりもこのタイミングを逃さず江上に聞きたいことがあった。
「……私に? なに?」
これまで特に親しく会話したこともない相手であるが、俺は構わずいきなり本題を切り出す。
「まず、今日の午前中、保健室で寝てたんだろ? 体調は大丈夫なのか? 放課後まで日直の仕事して。あと、その寝ているときにクラスの前島とか東咲が保健室にきたか知らないか?」
別に保健室にきていたとしても、ずっといなければ教室にいかなかったアリバイにはならないのだが、それでも何か手がかりが掴めないだろうか? と思った。
「あら、優しいのね? 保健室で寝てたのは、前の日、夜ふかしして眠くてだるかっただけよ。私、体育きらいだし。あと、保健室にいたときは寝ていたし、誰か出入りしたような気もするけどベットのカーテンが閉まってたからわからないわ」
いきなり手がかりなしかよ。誰かって、さとみ姉さんかもしれんしな。にしても、眠いからって体育サボって保健室で寝てるなんて見た目よりも随分ふてぶてしいんだな、江上よ。
「そっか……、悪いな変なこと聞いて。じゃ、俺たちこそ、とっとと帰るわ」
あまり日直の仕事の手を止めさせても悪い。俺は自分の席にあった鞄を取ろうとして陽子のほうを見ると、陽子も同じように自分の鞄を取ろうとしているところだった。
それを見て……、
「あっ、陽子。すまんけど、もう1回だけ、ほんとにないか見てくれないか? 悪いけど」
何が、とは言わなかったが、そう陽子に呼びかけると、江上に聞こえる声で言ったのが悪かったのか目を大きく開いて、その話には触れるなー、といった顔をされた。
「ちょっ、ちょっと……」
「いや、すまん。でも、ほんと念のためだから、頼む」
焦る陽子をなだめて、なんとか鞄の中を見てもらうようお願いする。
陽子は渋々といった感じで、仕方なく鞄を開いて中を覗いた……すると、
「――? あっ……! あれっ! ある! あったー‼」
なくなったはずの生徒手帳を見つけた陽子が、突然大声で叫んだ。
「おぉ! 見つかったのか! 良かったなぁ!」
「うん! ありがとう‼ あ〜! ほっとしたよぉ!」
「何よ? どうしたのよ? 何があったの?」
さっきからの俺たちの挙動不審な態度がさすがに気になったのか、江上が喜びを分かち合っている俺たちに割って入ってきた。
「あぁ? すまん。いや、ちょっと探しものしてたんだけど、それが見つかったんだよ」
「……それだけ?」
「あぁ、それだけだ」
「……そっ」
喜色満面の笑みをたたえて、さっきまでとはうって変わり急に元気になった陽子のテンションに、それ以上はあまり関わりたくないと思ったのか、それとも2人に割って入ったのが悪いと感じたのか、もう興味ないわ、といった感じで、江上はあっさり引き下がると席に戻っていった。
「あぁ、江上、すまん」
俺はその江上の背中に声をかけた。
「……何? まだあるの?」
「いや……、俺たちがいない間、誰か教室にこなかったか知らないかなって……?」
「さぁ? 放課後はずっと教室にいたけど誰もこなかったわよ」
「……そっか、あんがと」
最後にそれだけ会話を交わすと、今度こそ俺たちは江上に別れを告げて教室を出た――。
2人で歩く廊下の窓からは、海浜公園の向こう側に海が眺める景色がパノラマで広がっていた。夕焼けと水平線の境目で夕陽がきらきらと反射して、海岸線までにいくつものグラデーションを湛えている。その空に浮かぶ雲もまた、オレンジ色にライトアップされ、幻想的な美しさを魅せていた。
さっきも同じような景色を横目に歩いていたのに、心に余裕ができると景色まで違って見えるんだな……。隣を歩く幼馴染みは安心したのかすっかりご機嫌の様子だ。
1階に降りて玄関に向かって歩いていると、体育館との渡り廊下があるところで、バスケ部のジャージを着た背の高い女子生徒にばったり遭遇した。隣の幼馴染みがまた不安になったのが伝わってきた。
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