こちら 海浜南高校 帰宅部 〜謎は解決しても恋のミステリーは深まるばかり!?〜

TiLA

第一章 消えた生徒手帳

1―1 第一章 消えた生徒手帳

けいくん、少しいいかな……?」


 高校に入ってからの新生活がそろそろ落ち着きだした6月の中旬、今年の春から俺・加賀谷恵一かがやけいいちと同じ海浜南高校に通うことになった、幼馴染みの陽子こと吉澤陽子よしざわようこが何やら少し心配そうな顔で、放課後、帰り支度をしている俺の席へとやってきた。


「ん? どうしたんだ……陽子?」


 俺は半分ほど浮かせかけた腰をもう一度椅子に落ち着かせた。


「実は……私の生徒手帳がなくなったの……」


 かなり落ち込んでいる様子だ。


「……どっかで落としたとか? 家に忘れとかじゃなく?」


 なるべく安心させるよう、言いきかせるようにして聞いてやる。


「……そうじゃなくて、たぶん盗まれたんじゃないかと思うの……」


 もともと色白な顔がさらに真っ白になっていた。


「盗まれた……? って、えっマジで⁉」


 驚いたが、なんとか2人だけ聞き取れる程度の声に抑えることができた。


「うん……」


 こくん、と首を縦にすると、そのままうつむいて、


「今朝、持ち物検査で生徒手帳は持ってた……。でも、鞄の中に入れて携帯はしてなかったから、それで体育の時に財布とスマホは更衣室まで持っていったんだけど、授業が終わって鞄に戻そうとしたら、入れてあったはずの生徒手帳が……なくなってたの」


 そう言って下唇をぎゅっと噛んだ……。


 なるほど、それなら体育の授業中に盗まれた可能性が高いな。


「その……、体育にいく前には、なくなっていなかったんだな?」


 帰ったときに気づいたなら、行くときにはあったはずだ。


「うーん……、急いでたからよく覚えていない……」


 不安げな顔で陽子が答える。


「でも、朝から体育までは鞄から目を離さなかったんだろ?」

「うん、気にして見てなかったけど……、大体、席にいたし、みんなも教室にいたから……」


 確認するように念押しするが、やっぱりタイミングからみて体育中に誰も教室にいなかった間が一番怪しいな。


「とりあえず、担任のとこ行って報告しようか? 一緒に行ってやるから」


 俺が席から立つと、頭ひとつ以上は差のついた小柄な幼馴染みが、不安げな目で下から見上げてきた。こんなときにと思ってしまうが、至近距離でそんなふうに頼りなさげな顔で縋られると、恋心はなくてもついドキッとしてしまう。だって健全な高校男子ですもの。


「その前に……男子で体育のとき、いなかった人とかいなかった? 知らない……?」


 そんな俺の心の動揺とはよそに陽子が聞いてきた。


 どうやら職員室にいくのは気が進まないらしい。


「そのっ……、誰かのイタズラとか? 可能性ないかなぁ……って?」


 どうやら教師にはまだ言いたくないようだった。しかし……、


「いると言えば、1人いるが……でもなぁ……」


 やっぱり、こういうのは大人にまかせたほうがよくね?


「そっか、男子にもいたんだ……」


 逡巡しゅんじゅんするような顔で何か思い詰めはじめた。


「男子にも、ってことは女子にもいたのか……?」


 俺のその質問に、ぴくっと身体を震わせたことから、俺はなんとなくこの幼馴染みの考えていることを察した。


 おそらく体育のときにいなかった女子に、もしかして……?

 との心当たりがあり、他の可能性がないかを確かめたかったんじゃあないだろうか……?

 

 ところが状況としては逆の結果になってしまったようだな。


「ちなみに、その女子ってのは誰だ?」

「ちなみに、その男子は誰?」


 先に聞いたのは俺だったが、陽子は俺の質問は華麗にスルーして逆に質問で返してきた。


「はぁ? まぁいいけど……、前島、前島稔まえじまみのるだよ。あの最初お前と席が隣だった奴」


 あとの情報は余計だったかもしれないが、前島の野郎が入学してから間もなく、隣になった陽子に気づかれないようにチラチラ見ている目つきが粘っこくて嫌な感じだったんで、つい口に出てしまった。い……言っとくけどやきもちなんかじゃないんだからね!


「そっか……、前島くんだけ?」


 そのの響きには、警戒心を抱いていないが興味もあんまり持っていないといった印象がした。


「あぁ、サッカーの時に転んで擦りむいたんで保健室に行くって。で、女子は……?」


 俺は答えたんだから今度はお前の番だぞ、といった顔で陽子を見る。


「そ、そのっ、と……東咲さん……」

 

 自分も答えなければと、とても言いにくそうにではあるが、陽子はクラスメイトのバスケ部所属で背が高くスラッとしており、猫科のような三白眼が何か艶かしい魅力を湛えている東咲貴美とうさきたかみの名前を口にした。


「あ〜〜」


 俺はその最近クラスでも上位のカーストグループを築きつつある、東咲の名前を聞いて一瞬、言葉が出てこず、なんともだらしない返事をしてしまった。

 

 ただ頭の中では、最近になって東咲が陽子のことを「あざとくない〜?」とか「狙ってやってる〜?」と男子にも聞こえるような声で喋っていて、おそらくそれは陽子の耳にも伝わっていて、自分に目をつけていると思しきその女子が、そりゃ心に当たってしまうよな、と納得していた。確かに陽子の仕草は割とワザとらしく見えるところがなくもないのだが、それが天然であることは幼馴染みの俺にはよくわかっていた。


「ちなみに東咲は一体なんだったんだ?」


 東咲が体育にいなかった理由を聞こうとすると、陽子は急に頬を染めてアワアワしはじめた。


「そ、それ……は、そのっ……保健室に用事ができたんじゃないかな⁉」


 うん、これはあんまり男が深く聞いたらダメな奴だね。月にかわってお仕置きされちゃうな。

 空気を察した俺は取りあえずひらめいたことを提案することにした。


「よし。じゃぁ、ちょっと保健室にいってみよう」


 おそらく東咲たちグループとの微妙な関係もあって、あまり教師沙汰にしたくないバイアスが職員室を遠のかせてしまっているんだろう。

 なので、俺は少し目先を変えて行動することにした。


「えっ……⁉ なんで?」

「だーいじょうぶ、大丈夫。いいからいこう」

 

 そう言うと俺は陽子を連れて、気がつけば俺たちだけになっていた教室をあとにすると、保健室へと向かった。


 ――学校で一度、姉さんに会ってみたかったんだよね。


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