第43話 船上にて
最近マシューが変わったように思える。
初めて会った頃は儚げで、とても可憐に思えたが、
今はとても生き生きし輝いて見える。
一連の挨拶回りを終らせ、今回の目的地はノルディスカスだ。
そう、エリックの故郷である。
わざわざ危険を冒しに行く必要はないとは思ったが、マシューがどの程度の記憶を残しているのかが知りたかったし、あちらの様子を直に見てみたかったのだ。
幸いにしてノルディスカスの近くには軍艦が入港できるほどの港がある。
セキュリティーのしっかりした宿も手配済みだ。
今回もジークの計らいで任務がてら寄るのだ。
そのため港を出てから到着までは数日かかる。
船の生活はマシューを退屈させてしまうと思っていたが、それも杞憂だった。
マシューは船の中で退屈するどころか時間を惜しむように何かしらしている。
以前のようなマシューも庇護欲をそそり、とても愛しかったが、今のように色々なものに絶えず興味を持ち、活動的に動き回っている彼を見るのもいいものだ。
くるくると表情を変えるようになったマシューも何とも言えず愛らしく魅力的でたまらない。
「ディック先生、良い船員になるには、何が必要ですか?」
「そうですねぇ、船の仕事と言ってもいろいろな専門職が有りますが、まあ経験上、全てに言えるのは体力と責任感、そしてそれを維持させる精神力、忍耐力が必要…ですかね。」
「大変なんですね。僕に出来るかな……いや、やらなければ」
「とてもいい心構えですよ、頑張って下さいね」
今マシューはディックについていろいろな知識を吸収している。
どうやら今回は船員についての心構えを聞いているみたいだが、今は俺だって一緒にいるのだから、どうせ聞くのなら俺に聞いてほしい。
「そんな物欲しそうな目で見ていないで、マシュー君と一緒に居たいなら、あなたからマシュー君に歩み寄ればいいでしょう?」
「だが、マシューの向上心に水を差してはダメだからな」
「いまさら何をカッコ付けているんですか」
「しかしだな」
「分りました。そんなに暇そうな少将殿には仕事でもしてもらいましょうか。
あなたがしなければならない仕事はいくらでも有るのですよ」
「勘弁してくれ……」
「いえ、冗談抜きです。ノルディスカスで少し気になる動きが有ります。一応報告しておきたいのですが」
「分かった………」
俺は場所を移し、ジークから詳しい内容を聞く事にした。
「ライザーの長女であるシルビア嬢が、マシュー君の情報収拾に動いているようです。おまけにその影響で、それ以外の情報も彼女の下に集まっているようです。私の予測では有りますが、どうやら彼女は一連の繋がりに気付き始めたように思われます」
「ちっ面倒だな。いっそのことノルディスカスに上陸をせずドックに帰るか」
「そうもいかないでしょう。4日後に再び軍の船をあの港に寄港するよう
スケジュールを組ませたのはあなたなんです。私としてはノルディスカスに滞在せず、そのまま任務に就いていただいても全然構いませんがね。仕事は山の様に有るんです」
せっかく任務を離れマシューと何日か一緒に居られるのを棒に振るのか?
それも惜しい……。
「ノルディスカスを出航するまでに決める。それでいいか」
「それは構いませんが、既にシルビア嬢がマシュー君の事に感づいている可能性が高い。それを踏まえて考えて下さい」
「そうだな、だがそれを判断する基準が分からない。短時間で決める事は難しいな」
「そうですね……幸い彼女の身近にカトリーヌ様系列の部下がいらっしゃったのでシルビア嬢の監視はお願いしてあります。しかし現時点の情報を仕入れるのは時間が無く難しいですね」
「仕方ないな、こうなれば出たとこ勝負か?それにしても面倒な女が出て来たものだ。いっそ消すか」
「また…そんな冗談ばかり言っているとマシュー君に嫌われますよ」
「分かってるさ、マシューの前で言う筈が無いだろう?」
しかし俺とマシューの邪魔をするような奴は、身内だろうが何だろうが容赦はしないさ。
「アダム様―!」
見るとマシューがこちらに向かって勢いよく駆けてくる。
ドン!とぶつかる様な勢いで抱き着いてくるマシューが、まるで子犬のように大きな目を輝かせ俺を見つめる。
「アダム様、この船にトレーニングルームが有るって聞いたのですが行ってもいいですか?」
「急にどうしたんだ?」
「先生が船員になるには体力も必要だって仰られたんです。だからすぐにでも訓練を始めようかと思って」
「そんな事ならベッドの上でも出来るぞ」
俺はマシューの耳に口を寄せ、そっと囁いてやった。
「もっ、もう!アダム様ったら、僕は本気なんですからね!」
マシューは真っ赤になりながらブツブツ言うが、それが物凄く可愛い。
すぐにでも部屋に連れ帰り体力作りに協力してやりたい。
「差し当っての報告はこれ位です。さ、次のスケジュールは……」
「まだ何か有るのか…?」
今日のマシューはディックに付いて回り、俺とはまだ二人きりになっていないのだ。
「冗談ですよ。暫く休憩を取られても構いませんよ。但し緊急事態が起きた時は遠慮なく伺わせていただきますから」
「来れるものなら来ればいい」
ジークなら俺とマシューが何をしていようが割って入るからな、あいつが遠慮などしない事は分かっている。
俺はおもむろにマシューを抱き上げ部屋に向かった。
「えっ、アダム様?」
「ん?体力作りをしたいんだろ?」
ちがーう!そう叫ぶマシューが可愛くて俺はさらに歩みを速めた。
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