第22話 就職先
「マシュー先日の話だが、お前はまだ海が怖いか?」
先日の話と言うのは、僕が仕事をしたいと言う事だろう。
だけど、どうしてそこに海の話が出てくるのだろう。
「実はジークとも相談したが、お前の身の安全も考え出来れば海軍に入ってもらおうかと言う話になった」
「僕が海軍に…ですか?」
海軍と言えば知力、体力、共に優れたエリートが入る集団だ。
入りたいからと言って簡単に入れる所ではない。
「それは無理です、僕にそんな能力は無いし、資格も有りません」
「今は資格の事など話たくはありませんが、あなたがそれを気にするのであれば、あえて言います。あなたは十分にそれをクリアしていますよ」
ジーク兄様は僕に気を使ってそう言っているのだろうけど、僕は知っている。
「確かに僕はアダム様の妻になり、ギラン侯爵家の籍に入りました。でもそれはアダム様の物であり、決して僕の物では有りません」
「あなたの考えている事は長所とも言えますが短所でもありますね。もう少し、いえもっと自信をお持ちなさい」
「あのなぁマシュー、それは俺の妻では無いと言っているのも同じだぞ」
「…………………そうなんですか?」
だって侯爵なのはアダム様で、僕はただの記憶を失った一般人だ。
「マシュー君、現実を見ましょう」
「えっ、だってそれが現実で、僕はアダム様にお世話になっているただの……」
「妻だろう?違うのか?お前の名前は何だ?」
「あの…、マシューです」
「その下は、全部言ってみろ」
アダム様怒ってる、絶対に怒っている。
「マシュー……ギラン…です」
「そうだなギランだ、そして俺の妻だろう?違うのか」
「そう…です」
「俺はたまたま侯爵家に生まれただけだ。そう、たまたまだ。もしそれが伯爵家に生まれれば伯爵であり、平民に生まれれば平民とされる。しかしそれらは元をたどれば全て同じ人間だ。マシューも人間であり俺も人間、何ら違いはない。そう、爵位などただの肩書、ただの成り上がりが自分の立場の保身のため、権力に物を言わせ勝手に定めた律令なんだ。」
アダム様の言葉が心に染み込んでいく。
難しい事を話されている筈なのに、まるで穏やかな水のように波紋も無くスッと広がっていく。
「その証拠に侯爵だから目が三つあるとか、平民だから手が一本しかないなど身体的に違いなど無いだろう?爵位なんて暗示に過ぎないんだよ」
「なかなか大胆な例えですね……」
ジーク兄様があきれ顔で言ってるけど、僕には分かりやすくていいかもしれない。
「つまりそんなものなんだ。お前がそんなに畏まる事など無い。それでも気になるのなら、公爵なんて言う肩書はただのアクセサリーだと思っていろ。俺がお前に送ったアクセサリー。その身にそれを飾り、文句を言う奴がいたならお前の美しさと共にそいつに見せびらかせてやれ!」
「はぁ?」
またアダム様は変な事を言い出した。
いや、僕の理解が付いて行けないだけなんだろう。
「プッ、少将殿もたまにはいい事を言いますね。マシュー君そんなものなんですよ。つまりあなたも他の人と平等に人間なのですから、誰に恥じる事も無く堂々としていればいいのです。分かりますか?」
「はい!」
「いい子ですね」
そう言い、ジーク兄様が僕の頭を撫でようとすると、アダム様の手がそれを弾いた。
「大人気ないですね。まあ仕方ありませんか…」
ジーク兄様は深い溜息を吐いた。
それからまた僕に向かい話し始める。
「マシュー君、先日やったテストを覚えてますか?私はあれをあなたの記憶の具合を知る為と言いましたね。」
「はい」
「確かにそれも有りますが、実はあなたの適性を知る為でもあったのです。理解力、応用力、分析力、読解力、その他諸々を試させてもらいました。」
「あれでそんな事が分かるのですか?」
「分かりますとも」
確かに普通のテストとは違うな…とは感じたけれど。
いつもなら使用不可の参考書、辞書、色々な資料の使用OK。
何より、テストは答えが一つだと思っていたんだけれど、○○をどう思いますか?とか、××と△△ではどちらが好きですかというアバウトな問題が多かったような気がする……。
「大変結構な答えでしたよ」
ニコニコと笑うジーク兄様の笑顔がどことなく怖い気がした。
「テストの結果を見る限り、適性は有ります」
「でも僕は軍隊の事など全然知らないし」
「マシュー、知らない知識は知ればいい。」
「そうですね、専門の先生をお願いしてもいいですが、多分それは少将殿が嫌がると思いますので、あなたはアダム様に付いていただき、現場を見ながら学んでいただこうと思っています。もちろん私も協力しますよ」
という事で、どうやら他の選択肢など無いようで、僕は流されるまま海軍に入る事となった。
ところが僕は、後で思いがけないジーク兄様の告白を聞く事になった。
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