第4話 僕の置いてきた場所 2
「なぜ!なぜ嘘をついたのです!
エリックはマティアス様の所に居ると仰ったではないですか!
私はそれを…あなたを信じていたのに………。
ではエリックは、エリックは今どこにいるのです!
帰らなくなってからもう1週間もたっているのですよ。
それをあなたは……父親なのに心配では無いのですか!」
泣き叫びながら、クロエが私を問い詰める。
私はクロエに刺された腹を押さえながらも、必死に答えた。
「さっきまで私も、エリックはマティアス殿の所に居ると思っていたんだ!
今どこにいるなど知る訳が無いだろう。
だがクロエ、この際エリックの事などどうでもいいではないか。
私達には優秀なαの子供達が、まだ3人もいるのだから。」
「あなたは…あなたと言う人は……。ああ、エリック!」
クロエは狂ったように部屋から走り去っていった。
「奥様!お待ち下さい!」
その後を
モーガンが追って行く。
「何故だ、クロエ……。」
「あなたには分からないのですか?」
今までの話を聞いていたのであろうマティアス殿が話しかけて来た。
「マティアス殿、あなたには分かると言うのですか?妻が狂ってしまった訳が!」
「狂った…。
そう、私も所詮α、Ωである彼女の気持ちを全て分かるはずもない。
しかし今のあなたほど愚かではないつもりだ。
さて、その状態で私の話を聞く余裕はありますか?
そして、エリック君に謝罪する気は?」
「謝罪?何故だ!
私がエリックに何をした。
それに私はαだ。なぜΩであるエリックに謝らなければならない。
たかがΩに我々αが謝る事など有り得ないでしょう。」
「そう、あなたは何もしなかった。父親だと言うのにね。
それが問題なのですよ。
それすらも分からないのですか?
あなたはすでに人間性も手放したと見える。
ああ、モーガンさん、ご苦労様です。」
見ればモーガンがクロエを連れ、扉の所に立っていた。
「どうやら今のあなたの言葉を、奥様達は全て聞いていたようですね。
あなたはもう覚悟なさった方がいいかもしれませんよ。」
「覚悟、何の事だ。」
あぁ、畜生、傷が痛む。
「モーガン!ぼさっと突っ立っていないでさっさと医者を呼べ!」
「その件でしたら、すでに使いの者を出してあります。」
くそっ!
「では、医者が来るまで少しお話をしましょうか。」
傷を押さえ床にうずくまる私をしり目に、マティアス殿は番の手を引きソファへ向かう。
そして愛おしそうにパートナーの肩を抱き寄せ話し始めた。
「あなたは御存じですか?あなたの愛する奥様がΩだと言う事を。」
そんな事は百も承知だ。
それでも彼女を愛し、私の方から望んで結婚したのだから。
「そんな目で私を見るなら、いい加減気が付きなさい。
あなたが蔑ろにし、放置しようとしているエリック君も、
私の愛するシャルルも、あなたの愛している奥方と同じΩだと言う事を。」
しまった!マティアス殿は運命の番を得たばかりだ。
その番はΩ、それを否定されたとなれば、怒りを買うのは必至。
「いえ!私はシャルル君の事を言ったつもりは有りません。
ただ、当家のエリックの事を言ったまでで…」
「しかし、私が先ほどから聞いていると、あなたは何度もΩの事を蔑んだ発言をなさっていましたね。
御覧なさい、奥様のお顔を。」
クロエは真っ青な顔に涙を浮かべ、今まで向けられた事の無いような目で私を見つめていた。
あれは憎しみの目だ。
何故そんな顔で私を見るのだ?
やめてくれ、愛するお前にそんな目で見られるなど、私には耐えられない。
「今回のエリック君の件、たとえ運命の番が現れたとは言え、私にも責任があります。一方的な婚約破棄の事も含め、十分な償いをさせていただきたいと思っています。しかしそれはエリック君に対してです。」
「エリックなど行方不明でいないでは有りませんか!それに婚約は家同士の契約。償うと言うのなら私になさるべきでしょう!」
「あなたはまだそんな事を仰しゃるのですか。
私はエリック君とエリック君の事で心を痛めている人に対して詫びをなければならないが、あなたに対しては何ら責を負わなくてもいいようですね。
これ以後のお付き合いも一切お断りしたい。承知頂けましたか。」
「そんな!あなたに見限られたら、この先わが社は……。」
「私の愛する運命の番であるシャルルはΩです。
そしてΩであるエリック君を否定すると言う事は、シャルルを否定されたも同然。
それを理解せずいつまでも同じことを言うあなたに、私のはらわたはかなり煮えかえっているのですよ。ここまではっきりとお教えしたんです。お判りいただけましたか?」
何をそんなに怒る事が有るのだ、たかがΩの事で。
しかし私の言葉で彼の機嫌を損ねたことは確かなのだろう。
何とかしなくては、このままでは我社は………。
すると、玄関から、慌ただしく人の声と足音が聞こえてきた。
「あぁ、医者が到着したようですね。ではあなたは医者に診てもらえばいい。
エリック君はいったい今どうしているのでしょうね。
辛い思いをしていなければいいのですが。
まぁ、あなたにこんな嫌味を言っても通じないかもしれませんがね。
とにかく私は、早々に私のできうる限りの手を打ちましょう。」
そう言うと、マティアス殿は番と共に扉に向かい歩きだした。
「マティアス様!」
クロエがマティアス殿を呼び止める。
「どうぞエリックの事、よろしくお願いします。」
そして横に並んでいたモーガンも、クロエと一緒に深々と頭を下げていた。
「お任せ下さい、とは言えません。
何せあれから1週間も経っていますから。
それでも今まで身代金の請求が無かったと言う事は、誘拐の線は薄いでしょう。
しかし、それも視野に入れ、事件、事故、あらゆる専門の方々に捜査を依頼します。あなたもお辛いでしょうが、どうぞお心を強く持ちお待ちください。」
そう言い残すと足早に出ていこうとする。
しかしマティアス殿の番であるシャルル君は、彼とつないでいた手を振り切り、こちらを振り返った。
そして、小さいが、はっきりとわかる声で
「ごめんなさい。」
そう言い、しっかりと頭を下げてから、マティアス殿の後を追って行った。
何故、こんな事になったんだ。
たかかΩが一人いなくなっただけで。
「クロエ……。」
このままではクロエを幸せにしてやることが出来なくなってしまう。
一体どうすればいいのだ。
私は寝室に運ばれ、医者の手当てを受ける事になった。
でも、傍らには何時もいてくれたクロエは今いない。
多分気が高ぶっているのだろう。
まあいい、そのうちに冷静に戻るさ。
「旦那様。私も坊ちゃんの捜索を依頼してまいります。」
「マティアス殿がすると言ったのだ。
うちがそんなみっともない真似はしなくてもいい!」
そうだ、すべてはあのエリックのせいだ。
「あなたはまだそんな事を……。」
モーガンはそうつぶやくと、踵を返し部屋から出て行った。
その後に、扉が閉まる音と車の走り去る音。
ふん、私の言う事もきかず捜索の依頼にでも行ったか。
まったく!私の言いつけを聞かぬ奴などいらぬ。首だ。
それよりこの先の事を考えねば。
明日は無理をしてでもマティアス殿の所に窺って、ご機嫌を直していただかなくては。
いや、2,3日置いた方がいいかもしれない。
シャルル君の気に入りそうな菓子でも土産に持っていけば何とかなるか。
そうだ、クロエにも何か買ってやろう。新しいドレスか?いや、ネックレスがいいか。
早速に外商を呼び寄せよう。
しかし、すでに時は遅く。
クロエの愛は失われ、没落へのカウントダウンは始まっていた。
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