選択的恋愛

桃口 優/ハッピーエンドを超える作家

一章 「一目惚れ!?」

 落ちていく。

 私はこのまま死んでしまうのだ

 ただゆっくり落ちていく。

 そんな時彼と目があったのだった。


「好きです。付き合ってください」

 人が溢れる電車の中で、私は目の前の彼に今告白している。

 電車内の冷房は、控えめな温度であまり涼しくはない。暑がりな私には物足りない。

 中吊り広告には、「夏にバーベキューに行こう」と楽しいイベントがたくさん書かれていた。

 なんだかそれだけで楽しい気分になる。

 彼の姿は黒髪でゆるふわパーマ、顔は癒し系で全体的に柔らかい雰囲気をしている。身長は私より少し高い。身につけている眼鏡はかっこいいというより可愛さを惹き立てている。

 当然、周りの人は迷惑そうに私を見ている。

 電車の中で告白なんて非常的なことはわかっていた。でもこの思いを伝えずにはいられなかった。早く彼に伝えたかった。

 しかし、彼だけは困った顔をしながら私のことを気遣ってくれていた。

 その笑顔が印象的だった。誰も傷つけない素敵な笑顔だった。

 胸が高鳴るのを感じた。私はこの瞬間彼の虜になった。

「えっ、いきなりそんなこと言われまして……。あの、相手間違えてないですか?」

 彼はつけていたイヤホンをわざわざ外してくれた。それだけでいい人だと私は感じた。我ながらちょろいやつだ。絶対私は詐欺師に壺を買わされるタイプの人だ。

「いいえ、間違ってないです。あなたに言ってるんです」

 私はさっきよりはっきりと言った。まだドキドキしている。

「えっ、えっ!? そもそもどこかでお会いしたことありましたか? 僕は覚えないんですが」

「いいえ、初対面です。一目惚れというかなんというか……。好きになったんです」

 顔が赤くなってきた。

「うーん、どうしたものかなあ」

 彼はなんと答えていいか困っていた。

 少しの沈黙が流れる。

 私は人とは話しかけられたら、それに答えてくれるだろうといつも思っている本当に悪い人なんていない。

 そうだったとしても彼は特別に誠実で優しい人だと思った。こんな人に出会ったことがなかった。

 そんな彼の両手を私はぎゅっと握った。

 彼の手は温かった。手が温かい人は心も温かいというのが私の持論だ。

「私を彼女にしてみませんか? 絶対惚れされますから」

「えーっと、考えさせてください」

 手を振り払うことはせずに、それっきり彼は下を向いてしまった。

 かわいいなと思った。彼は仕草や表情がかわいい。私もそれ以上は何も話さなかった。

 あたりを見回す。さっきからずっと香水の匂いがきつくて、少し気持ち悪い。後ろの女性からだ。

 そうしている間に電車は駅に着き、扉から人が一斉に出て行った。

 風が吹いて、私の長い髪はひらひらと揺れた。

 私達は後ろから人に押されながら、手を繋いだままゆっくり2人で電車から出た。

 後ろからは「この人、痴漢よー」と言う声が聞こえてきた。

 ちらっと向くと先ほどの香水のきつい女性が、男性の手を掴んで叫んでいた。

 私は人の流れに逆らわず、「また明日声かけますね」と言って、彼と別れた。

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